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暁の彼方〜番外編 暁闇〜



20
「――サイファ公国国王の名において、身柄を拘束させてもらう」
 堂々たる偉丈夫の背後から、痩せて長身の若者が姿を現した。西の血を色濃く受け継いだ黒髪と、黒眼。そして蜜色に輝く肌。
「恩に着るぞ、グリジアの宰相殿。――それとも、叔父上とでもお呼びしようか?」
「宰相で結構だ。サイファ国王ミリウム2世……<陛下>」
 ミリウム2世の母はグリジアから嫁いだ王女であり、血縁をたどれば<黒宰相>とミリウム2世は叔父と甥の係わりになる。こうしてみると、確かに二人の男はよく似ていた。見てくれや外見だけでなく、醸(かも)し出す雰囲気そのものが。
 懐剣を鞘に戻しながら、テラは薄布に透かされた夫の姿を見る。叔父と甥とは言っても一国の王と宰相、ましてやミリウム2世には、グリジアに対する領土的野心がある。まさか互いに盃を酌み交わして、親睦を深めていたわけでもあるまい。
 その二人が、何故今、こうして共に同じ場所にいる……?
「――黒宰相、お前、わたくしを裏切ったのか……!」
「裏切った?グリジアとサイファは同盟国だ。俺の立場はずっとそれで一貫しているが」
 捕らわれた女の口から迸った言葉の意味を吟味する。よくも悪くも、グリジア王家とサイファ王家の繋がりは深い。父方でしか王家の血を引かないルーカスでも、ミリウム2世と渡りをつけること自体は、そう難しくなかったろう。
「しかし、宰相殿から<天国の花>の密売の流れを聞いた時は驚いたよ。まさか我が国の貴族の中に、私と我が従弟君(いとこぎみ)の首のすげ替えを狙っている者がいたとはな。――甘く見られたものだ」
 ミリウム2世を追い落とそうとするサイファ国内の貴族と、グリジアの人間が<天国の花>を介して繋がっていた――。
 考えてみるなら、一国の王を暗殺し、その後釜に隣国の王を据えるなど、グリジア一国の側のみからどうにかできる話ではない。<天国の花>密売には、戦闘者のギルドの資金集めという目的の他にもう一つ、サイファ国内の有力貴族とつながりを持つという側面を持っていたのか。
「お前に手を貸していた我が国の人間は、今頃近衛騎士隊によって拘束されているよ。そうそう、私の身代わりになってくれたあの刺客も、懇ろに弔ってやらねばな」
 対外強攻策の結果、国内での求心力を失ったミリウム2世を追い落とそうとした勢力が、血縁関係にある隣国の王に目をつけた。恐らく、十年近く自室に篭ったままのシリウス3世が、彼らの望む傀儡にふさわしかった為だろう。だが、グリジアには<黒宰相>がいる。だから<天国の花>の密売を隠れ蓑に、グリジアでかつて忠義が為に命を失った将軍の娘に近づき、<黒宰相>を篭絡させようとした。
 以前から<天国の花>密売を追っていたルーカスは、このからくりに気がついた。だから策略に乗ったふりをして、暗殺計画の中枢に食い込んで、逆にすべての情報をミリウム2世側に流した。――そうして。
 ――恩に着るぞ。グリジアの宰相殿。
 常に自国を脅(おびや)かしてならなかった隣国の王に、大きな貸しを押し付けることに成功した。
「さて、この女の処遇だが。もう少し締め上げて、背後の人物を絞りたい。しばらく貸しておいて貰えると、ありがたいのだが」
「所詮、我が国にとっては、放っておいても益にも害にもならぬ小者だ。貴殿のしたいように、されるがいい」
「――これはすべて我が君、シリウス3世陛下の御為にしたこと!そのわたくしを罰するのか?!」
 屈強な騎士達に取り囲まれた女が口を開く。ルーカスは躊躇うことなく、その鼻先に顔を近づけた。もしかしたら情を交わし、睦言の一つでも囁きあったのかもしれない、その唇で。
「俺達がカストレーデに向うと同時に、クラウスにお前の近衛騎士の籍を抜くよう命じてある。このままグリジアに戻ったところで、お前に待っているのは反逆者としての処罰だけだぞ」
「――わたしはあの男とは違う!」
 窓も壁も開け放たれた大広間に、甲高い声が木霊した。眦が吊りあがり、紅の色が口の線をはみ出して、人ではない、別種の生き物のように見える。
「わたしは反逆者ではない!わたしは反逆者にはならない!」
 騎士の構えた槍に喉許を押さえつけられながら、それでもまだ叫ぼうとする。血を吐き出すような――聞いている者の魂までひび割れそうな、壮絶な声だ。囚われ、硬化し、身動きが取れなくなりながらも、それでもなお叫ぼうとする者の。
 ――もしかしたら、救ってやれたかもしれない。
 不意に浮かんだ直感に衝かれたようになって、ルーカスはそんな自分自身に苦笑を漏らした。最初にこの女が目に止まったのは、その上申が珍しかった為ではなく、そこに、微かに自分と同じ匂いを嗅いだ所為だったのかもしれない。
 忠義が為に反逆者として命を落とした父。反逆者の娘として生きることを余儀なくされた娘は、己の忠義を形とすることで、父親と自分の違いを証明したかったのか。
 権力に阿(おもね)るものは権力に翻り、金に跪くものは金で動く。情に崩れるものは情に流され、義を重んじるものは、義によってつまずく。――それが我が身に取り付いた魔物であるとも知らず。
 ならば、救ってやれたかもしれない。<黒宰相>はこの身に取り付いた魔物の名前に過ぎないと。かつてそう言って、一人の娘が彼を救ってくれたように。
 出会い方と、出会う時期さえ違ったならば。
「……連れて行け」
 抑えた声音は隣国の王のもの。己の王の命に従った近衛騎士達が、罪人である女を引き立てて行く。完全に視界から消えてなるまでその光景を見送って、ルーカスはそこに予測していなかったものを見た。いや、うすうす予感――否、彼女ならばきっとこうすると確信していたが、出来ることなら外れてくれと、願っていたものだ。
 はらりと薄布が空(くう)を舞う。鮮やかな深紅の髪と、碧の瞳。この二年、他の何よりも彼の近くにあり、そして今は他の誰よりも遠いもの。
「テラ……」





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