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暁の彼方〜番外編 暁闇〜



19
 わずかでも武芸の心得のある侍女を王妃につけて外に出すと、辺りは急に静かになった。先ほどのテラの指示を忠実に実行したのだろう。懐剣や麺棒や椅子の脚で武装した若い女達が、緊張した面持ちで身構えている。
「王妃様が脱出するまでの時間を稼げればいいわ。何よりもまず、自分自身の身を守って」
 言いながら王妃の衣装庫を漁り、なるべく華やかで、かつ動きやすそうなものを探し出す。手早く着替えて振り返ると、先程一番はじめに声をかけた少女が、不安げな面持ちでテラに懐剣を差し出してきた。柄の部分に宝玉を埋め込んだ小振りの剣だが、持ってみると意外に重量があって、ずっしりと重い。
「どうぞ、お使い下さい。王宮務めが決まった時、父がわたくしにくれたものです。いざという時はこれで王妃様をお守りするように、と」
「ありがとう」
「何故ここまでして下さるのですか?貴女様はグリジアの方なのでしょう?何故、他国の王妃の為にここまで?」
「……多分、違うと思う」
 口許に浮かんだ歪みは薄布に遮られて、恐らく、気づかれることはなかっただろう。もっとも、まさか今のこの場で、王妃を守る気がないなどと言ったところで信じてはもらえまい。もしくは、実は敵だったのかと、今渡された懐剣で襲い掛かってこられるだろうか。
 無論、王妃とその胎にある命は助けたい。――だが、それだけでは、ない。
 大国の王妃の身代わりをつとめて、まさか長刀を振り回すわけにもいかない。もう少し武器になりそうなものを見繕っておこうとテラが立ち上がった時、不意に風向きが変わった。寝台に垂れ下げられた天幕が、風もないのに微かに、揺れる。
「ま、まさか……」
「――来たわ」
 王妃と胎の子の命を狙った――ルーカスの息がかかった刺客が。



 侍女達を引き連れてたどり着いた先は、今日の昼間、テラが王妃に舞を披露した広間だった。窓も壁も開け放たれて、所々に柱がある以外は、開放的な空間だ。襲撃者はグリジアやサイファの正規軍が使う長剣を佩いていた。剣筋も正規の剣だ。戦闘者のギルドの刺客が来るかと思っていたテラは正直、意外だった。この女は――その方が、女しか立ち入ることのない宮に忍び込みやすかった為だろう――何者だろう。
 正規の剣は型が決まっている分、比較的、次の剣筋が読み易い。戦闘者のギルドとしては並程度のテラの技量でも、避けるだけなら簡単だ。そもそも、王妃が安全なところに逃れる為の時間が稼げればいいのであって、是が非でも相手を倒さなければならないわけではない。
 テラの足運びに合わせて、薄布がひらりと宙を舞った。手近の柱を盾がわりに攻撃の一手をやり過ごし、その反対側に身を滑らせると、襲撃者が弾かれたように振りかえる。黒い面布で顔を覆っている為、相貌の確認はできない。だが体格といい、身のこなしといい、まだ若い女であることだけは間違いはない。
 ――この人、どこかで……。
 ふと既知感にとらわれたのは、何度目かの攻撃の刃をやり過ごし、柱の影で息を整えていた時だった。
 先ほどまで星も月もない闇夜だったのに、どうやら月が出てきたらしい。姿は見えずともかそけし清浄な光が、広間の隅々までを白く照らし出している。同じように息を整えていた襲撃者の背後で何かが光った。それが一つに結わて束ねられた彼女の髪だと気がついた時、テラの中を一つの認識が駆け抜けた。
 ――あの淡い色の金髪。
 息を殺して身を屈め、刺客の女の背後に回りこむ。正規の剣の範疇を超えていないが、なかなかの使い手には違いない。気配に気づいた襲撃者が振り返るより先に、背後から顔を覆った面布を引き剥がした。
「貴女は……」
 淡い色の金髪、黒曜石の瞳、華のような相貌。以前、宰相の執務室ですれ違った時、テラは確かに彼女の横顔を確認していた。
「どうして、貴女がここに」
 動揺が一瞬、油断を生んだ。長剣の柄の部分でしたたかに鳩尾を殴られ、背後の柱に叩きつけられる。もともと、万全とはいえない体調だった。目の前に白いものが散り、喉許に吐き気がせり上がってくる。
 瞬いた視界の先に白刃を見つけ、テラの脳は四肢にむけ、それを避ける為の一つの行動を命じていた。柱の後ろには壁があり、両者の間にはわずかながら空間がある。もともと間合いの長い長剣は、室内の接近戦にはむいていないのだ。飛び込んで倒れてもいい。あの空間に逃げ込めれば勝てる。――が。
 ――この角度で倒れたら、腹を打つ。
 それは理屈や勝敗を超越した、闇雲で強烈な恐怖だった。瞬き一つあるかないかの瞬間で、テラは咄嗟、懐剣をひき抜くことを選択していた。最悪でも相打ちにくらいは、できる。
 その時のことだった。
「――そこまでだ」
 王妃の宮には響く筈のない、低く、重厚な声が響き渡った。黄金の獅子の肩章をした騎士達が駆け寄ってきて、テラと女の周囲を取り囲む。彼らの番えた槍はテラではなく、面布を奪われ素顔をさらした女に向けられていた。
「――お前は、我が弟と息子を殺し、妻に刃を向けた」
 かつり、と低い音が響く。
「サイファ公国国王の名において、身柄を拘束させてもらう」
 年の頃は三十代半ば、軍服姿がよく似合う大柄で、髪の色と同じ、茶褐色の髭を蓄えた男の相貌は、どこかルーカスと似ていた。





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