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暁の彼方〜番外編 暁闇〜



12
 城門が閉ざされてからの十日間で、三十名を越える処分者を出して、<血の十日間>は終了した。それに伴い、大規模な官吏の入れ替えが行われ、シリウス2世末期から続いてきた王宮内の勢力図は一変する。
 それは先王の治世末期から三十年近く、混乱を続けていたグリジア王国の内政が、一つの安定期を迎えたということでもあった。
 そんな折――
 宰相ルーカスが、王城で倒れた。



「まったく、この国には、過去に過労で死んだ王が何人もいるのですよ。貴方も間違いなく、その血を引いていますね」
 内密に呼ばれてやってきた宮廷医はそう言って、年齢のわりに艶やかな顔を渋くした。外科も内科もよくする医者で、相手が王族であろうが貴族であろうが、治療の際にはかなり豪快な口もきく。ルーカスも過去に傷を負った時には世話になったし、過去に王城内で凶刃に倒れたテラを、治療してくれたのもこの医者だった。
「閣下は無理のし過ぎなのです。少しはお体を労わらないと、今は良くとも御年を召した時、お命を縮めます」
 世話になっているから頭は上がらないのだが、少々、いや、かなり口うるさい。長いすを二つ連ねて作った即席の寝台に半身を起こして、ルーカスは乱れた前髪をかき上げた。
「別に、長生きしたいとは思ってないさ。少し寝不足が続いただけだろ。大騒ぎする程のことでもない」
 当の本人はまるで覚えていないのだが、月英から来た使者との謁見に向う為に執務室を出た瞬間に倒れて、それから延々半日、揺り動かそうが名を呼ぼうが、決して目覚めなかったらしい。周囲の人間がルーカスを他所には運ばず、執務室に夜具やら水差しやらを運び込んで病室を作り上げたのも、彼の眠りがあまりに深かったので、動かすと危ない――脳の病かと危惧した為であるという。
「貴方のそういうところは相変わらずですがね。お一人の身体ではないのです。奥方様にも、もう少し気を使っていただかないと」
「――あれは関係ない!」
 本来なら夫の健康に妻が係わりないはずもないのだが、ルーカスの剣幕に、白髪の医師は口を噤んだ。その手の中の杯に、緑ども黄土色ともつかぬ、奇妙な色合いの薬湯を見て、ルーカスはげんなり、と息を吐く。まさか、それを飲めっていうんじゃないだろうな……。
「――ルーカス?」
 ちょうどその時、執務室の扉が開いて、たった今まで話題にのぼっていた当の相手が顔を出した。手に包みを抱えているところを見ると、いったん王城に駆けつけた後、着替えやら肌着やらを取りに官邸に戻っていたのだろう。
「よかった。目が覚めたのね」
「――まあ」
 表情を緩めたテラの背後に、近づく人の影があった。軍服姿の若い女――近衛騎士隊副隊長のカリナ・エディウスだ。
「閣下が倒れられたと聞いて駆けつたのですが、奥方様がいらしているのでしたら、わたくしは必要ありませんでしたね。出直してまいります」
「――いや」
 いったん限界を越えて眠ったおかげで、久々に身体が軽い。即席の寝台を抜け出して、傍らに畳んであった上着に袖を通し、ルーカスは自分以外の三人の人間に向き直った。
「俺は近衛隊副隊長と話がある。悪いが、二人とも、出て行ってくれ」



 去って行く姿を見やった眼差しは、きっと縋りつくようなものであったに違いない。当然だ。本心ではあの手に縋って、自分もこの場所から出て行きたいと切実に願っていたのだから。
 きっと、傷つけた。自分で突き放しておいて、悔やむようにそう思う。しかもその理由は、テラと今ここにいる女を近づけたくないという、ルーカス自身の極めて個人的な我がままであるのだから、性質(たち)が悪い。
「よろしかったのですか?折角、奥方様がいらしていたのに」
「――関係のない話はしなくていい」
 依存のし過ぎだ。時折、我に帰るようにそう思うことがある。ただ傍にいてくれればそれでいいと思っていた相手を、いつしかすべて自分のものにしなければ気がすまなくなっていた。それこそ、ほんの少し気配を感じられないだけで、精神と身体の均衡を崩すほどに。
「ミリウム2世は、毎年恒例のカストレーデ離宮での避暑を早めるそうです」
 窓の外に広がる緑は青みの欠片もない濃緑、ひとたび表に出れば、気の早い蝉の鳴き声さえ聞こえてくる。大方の予想通り、今年は夏の訪れが早かった。この分では、真夏の暑さもひとしおであろう。
「体調の優れない王妃を気遣って、護衛の騎士も最小限にするとか。もともと、離宮は王宮より、警備が薄い。――またとない好機かと」
 美貌の女騎士の、内に闇を抱いた瞳が光る。
 ミリウス2世の妃は国内の有力貴族の娘で、典型的な政略結婚ではあったが、国王夫妻の夫婦仲はよかった。側妃はもちろん、愛人さえ持たず、今は、一人息子の王太子を亡くして気落ちした妻の傍らから、片時も離れないという。
 彼が余計な野心を持ってくれたおかげで、しなくていい苦労をさせられたという気はするし、一度もあったことがなくとも気に喰わない相手ではあるのだが、今は妃の為に避暑を早めるという隣国の王を、認めてしまいたい気分だった。
 ――たった一人の女すら守れない男に、国が守れるものか。
「――閣下?」
「……なるほど。確かに機会はありそうだな」
 苦労して口の端を持ち上げると、すぐ目の前にカリナ・エディウスの顔があった。彼女としても、今ルーカスに倒れられるのは都合が悪いに違いない。眼差しに多少、案じる色が混ざる。
「お顔の色が優れませんわ。もう少しお休みになられた方がよいのかも」
「その時、お前はカストレーデに……サイファ公国にいるつもりか」
「ええ。わたくしの陛下とこの国への忠心、しかとお目にかけます」
 ならば、とルーカスは目の前にある白い手を取る。この手を利用すると――利用されると決めたからには、もう後戻りはできない。
「――その時には、俺も行く」





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