×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。




浮花語り


 人はわたくしを、政略の犠牲と申します。
 兄の命で叔父に嫁いだとき、わたくしは17。叔父はすでに52……。親子よりもなお歳の離れた夫婦でありましたが、夫は優しい人でした。
 そもそも、大王家に生まれた女に、政略以外のどんな婚姻が望めましょう。わたくしの母であり、夫の姉である先の女王も、生木を裂くように前夫と離縁をさせられ、舒明帝に嫁いだ女人でありました。
 その後、2度も皇位につき、皇極・斉明女帝の名で呼ばれるそのお方こそ、わたくしの母でございます。長兄は葛城(かつらぎ)皇子、弟が大海人(おおあま)皇子、そして我が君の名を軽皇子――即位後の諱(いみな)を、孝徳帝と申しました。
 思えばまだわたくしが嫁ぐ以前、わたくしたちが叔父と姪であった頃から、わたくしはあのお方をお慕いしておりました。穏やかで聡明な安倍様と、その方からお生まれになった有馬様をご寵愛される様子を、実の父に縁遠いわたくしなどは、別世界のことのように眺めていたのでございます。
 わたくしは夫を慕っておりました。誓って申し上げます。真実、心の底からお慕い申し上げていたのです。


「――間人(はしひと)、大王の元へ行ってくれないか」
 形式上問いかけの形を取ってはいても、その実、相手の返答を望んだ言葉ではない。いや、今のこの大和(やまと)の地において、彼の言葉に逆らうこのできる者があろうか。
 現王の甥であり、先の大王の長子、そして、大逆を企てた蘇我宗家の主・蘇我入鹿を討ち果たした英雄――葛城皇子の言葉はもはや、この国の決定事項となっていた。
「はい。お兄様……」
 例え、血を分けた実の妹であれ、その事実にかわりはない。間人皇女は頭(こうべ)を垂れ、兄の言葉に粛々と頷く。17の妹と、50を過ぎた叔父との縁組み。年若い妹の気丈な言葉に、それでも多少は後ろめたさを感じたのか、葛城皇子は妹の手を取り、まっすぐに彼女の瞳を射た。
「少しの間の辛抱だ。俺が大王にさえなれば、お前はあんな爺の妃でいる必要はない。すぐに帰ってこられる」
 大化元年、後に「大化の改新」と呼ばれる政変により、大王家をしのぐほどの権を蓄えた蘇我宗家は、葛城皇子の手によって滅ぼされた。しかしその裏に横たわっていた、大王家の血統の問題に、気づいている者は少ない。
 皇極帝とその夫舒明帝の長子として生を受けたこの皇子は、しかし皇位継承の筆頭候補ではなかった。舒明帝には蘇我氏の娘との間に男子・古人大兄皇子をもうけており、彼こそ大王家の一の皇子――「大兄皇子」であったのだ。
 蘇我氏統領入鹿暗殺から間をおかず、彼はこの異母兄を責め滅ぼし自害させている。古人大兄の妃も幼い皇子も共に不帰路をたどり、残されたただ1人の娘、倭(やまと)姫王は葛城皇子の宮に、妃として迎え入れられる。
 異母兄を滅ぼし、その娘を娶り、着々と大王への道を歩みつつある兄にとって、何よりも厭わしいのは、皇極帝の譲りを受けて即位した現大王であろう。すでに50を超えた老齢であるが心身壮健で、しかも彼には既に男子・有馬皇子がある。
 間人は兄に気づかれぬよう、密かに拳を握る。脳裏にはほんの数ヶ月前、この兄の策略により命を失った、異母兄の穏やかな笑顔が浮かんでいた。
 間人皇女は舒明帝と皇極帝の長女、葛城皇子の他にも大海人という名の弟があったが、権を争い血を流すことを厭わぬ大王家の血を、彼女はどうしても好きになれなかった。幼い頃から、母の違う兄である古人大兄や、母の弟である軽皇子の後ばかりついて歩いていた。実の父母よりも自分を慕う幼い姪に、叔父はいつも苦笑いしながら小さな手を取って、膝の上へ持ち上げてくれた。
「わかりました。わたくしは、叔父上のもとに参ります」
 ――そんなことをさせるものか。叔父上だけは。あのお優しいお方だけは、兄上の手から守って見せる。
 間人皇女の密かな決意を知る由もなく、戦乱と血に濡れたこの年の秋、人々は大王婚礼という祝事の準備に沸いた。


 翌年、梅の花咲く春の初め、間人皇女と孝徳帝の婚儀が執りおこなわれた。すぐに彼女は立后し、皇后として大王の隣席を賜る。御年18の皇后は、咲き誇る花の精のようだ……と人々は噂した。
「――間人姉上。こたびの婚礼、誠に……」
 少年がおずおずと皇后の足下に跪いて口上を述べる。途中で自身の言葉の誤りに気がついたらしい。はっと息を呑むと同時に、まだ華奢な肩が、一瞬、びくりと大きく震える。
「失礼いたしました。……義母上」
 有馬皇子は、戸惑ったように視線を下げた。まだ幼いこの皇子は、唐突に降ってわいた若い母を厭うほどすれてはいないが、これまで「姉上」と呼んで慕ってきた年上の従姉を「義母上」と呼ぶことについては、戸惑いを隠せないようだ。
 彼の生みの母であり、大王の糟糠(そうこう)の妻であった安倍氏は、すでに帰らぬ人となっていた。齢53の孝徳帝には現在、皇后間人以外の妃はない。
「無理をしないで。人のいないところでは、これまで通りに呼んでくれていいわ。……ねぇ、いですわよね、貴方?」
 背後で采女(うねめ)の何人かが、笑いをかみ殺している。年若い妻の媚びを含んだ微笑に、壮年の大王は褐色の頬をわずかに染めていた。
「好きに……しなさい」
 父と夫の許しに、若い2人は手を取り合って喜んだ。弾けるような笑いが、大王一家を包み込む。
 ――倖(しあわ)せとは、このようなものをいうのか。
 この頃、間人は生まれて初めて感じる幸福の中に酔いしれていた。


 ――間人様と、大王様のご夫婦仲でございますか?
 それはそれは睦まじゅうございましたよ。有馬様も、間人様には大変親しくいらっしゃって。有馬様自ら、采女の私風情に、きっと近いうちに私には弟か妹かできるよ、などとおっしゃっていたぐらいでございますから。
 ご結婚後しばらくたって、大王様は鎌足様のご息女を宮に迎えられましたが、そちらにはほとんど通われることがありませんでしたもの。
 お年は大分離れてらっしゃいましたが、本当に睦ましいご夫婦でした。あのお方が、あの葛城様の妹君であられることなんて、信じられないくらいでございました。
 葛城様は――そうですね。今思うなら、ご不快に感じられていたのかもしれませんね。葛城様には王女はおられましたが、唖(あ)のご長子以外には男子はおられず……・大王様と皇后様にもしも皇子様が誕生すれば、それは皇位継承の筆頭候補ですもの。


「――遷都(せんと)……?」
 都を動かすことを、遷都と呼ぶ。主に先の大王の死の穢(けが)れを祓(はら)う為に行われるこの行為が、大王の在位中に行われることは極めて少ない。
 例外は、史上初めて生前の譲位を行った皇極帝である。譲位後、都は飛鳥から海運に長けた難波へと移されたが、この場合、遷都の詔(みことのり)には理由として、蘇我宗家に降りかかった災いによる、死の穢れがあげられていた。
 譲位なく、穢れなく、都を移した先例は過去にない。唐突に発せられた兄の言葉に、間人は凍り付く。
「何故です、何故今、都を移さなければならないのですか、兄上」
 現大王の治世はつつがなく続いており、禊(みそぎ)ぎを行う必要もないこの時に。
「黙れ、間人。俺は大王と話している」
「――わたくしは皇后です!」
 かたん、と目の前の卓が鳴る。
 推古、皇極と夫の死後即位した女帝の例からもわかるように、皇后の立場は一般に、他の大王家の男子より高い。故に、政(まつりごと)にも参加する。
 例え同母兄であれ、その事実は変わらないはずだ。思わず立ち上がった間人の手を、傍らの有馬皇子がつかみ取る。
「義母上、落ち着いて下さい。義母上……」
 先の大王であり、葛城と間人の母である皇極女帝は、今や葛城皇子の言いなりだ。今、この状態で遷都を行えば、人々は悟るであろう。彼らが頂く現在の大王が、いかに無力であるかを。
 今の大王は中継ぎに過ぎぬ。次の大王は葛城皇子。そう信じる者は彼を、大王家の第2の皇子――中大兄(なかのおおえの)皇子と呼ぶ。
 誰が、そのようなことを許すものか。
 ――この国の大王は、他ならぬ我が夫。そしていずれは、有馬皇子が大王の長子として皇位を継ぐのだ。
「――間人、有馬」
 いきりたつ妻を前に、大王は穏やかに言葉を紡ぐ。暖かな手が、間人の肩に触れた。
「私は葛城皇子と話がある。席を外してくれないか。……有馬、義母上を宮まで送っておやり」


 その夜のことであった。自身の寝所で休んでいた間人は、不意に息苦しさを感じて、目を開いた。
 熱い吐息が肌に触れる。胸の上の圧迫感が息苦しい。
「軽(かるの)様……?」
 婚儀を執りおこなってからこの方、夫はほぼ毎晩、間人の隣で夜を過ごした。ただ抱き合って眠るだけの夜もあれば、夫の手が、夜着の下にひそんでくることもあった。
 だがそんな時も、ことさらに強いることはなく、穏やかに妻の反応を見定めてくるような優しさがあった。夫である人の優しさにくるまれ、間人はいつも夢の中にいるかのように安らいだ心地で、眠りについた。
 ――こんな荒々しさは、知らない。
 必死で空をかく間人の指先が、窓辺に垂れ下がる御簾(みす)に触れた。かたん、と板が外れ、刃のように細い月明かりが室内を照らし出す。
 寝台の上に自分を組み伏せる、若い男の姿に、間人は息を呑む。
「――お兄様?!」
「間人……この日が来るのをどれだけ待っていたことか」
 衣の隙間から、熱を帯びた手のひらをさしこまれる。膨らみを揉みしごき、さらに奥へと入り込んでくる熱の感覚に、兄が何を求めているのか、明確に知る。
「や、やめて下さい!」
 叔父・姪の縁組みが当たり前のこの時代、兄妹間の婚姻も珍しくない。しかし兄妹の婚姻は、異母の場合に限られる。同母の兄妹の交わりは禁忌である。それも自分よりも高位の女人、皇后たる地位の女に対してなんたる無礼か。
「わたくしは大王の妃です。何をなさるのですか!誰か!」
 葛城皇子の動きは止まない。衣を引き裂かれ、その箇所に兄の唇を感じ、間人は思わず、愛しい夫の名を呼んだ。
「い、いや、誰か、誰か来て!――軽様!」
「……」
 ぴたり、と男の動きが止まる。訝しんで見上げた先で、葛城皇子はぞっとするような微笑をたたえていた。
「采女も舎人(とねり)も、誰もこないぞ。他でもない大王が、皇后の寝所から人を遠ざけたのだからな」
「なっ……」
「あの男は……我らが叔父上は、お前を差し出すと言ったよ、間人。お前のその身体で、ご自分と有馬の安全を買ったのだ」
 その昔、崇峻(すしゅん)帝は蘇我馬子と対立し、それが故に家臣の手によって殺された。理由なく、大王の許可もなく都を移すと嘯(うそぶ)く皇子に、大王を殺害することはもっと容易い。その気になれば葛城皇子はすぐにでも、兵を率いて大王を滅ぼすであろう。彼を罰することのできる人間など、この世にはただの1人も、存在しないのだから。
「そんな……」
 絶望が、視界を覆った。あのお方を守りたいと、日だまりのようなあのお方の愛に包まれたと思ったのは、錯覚であったか。人が政略と笑う婚姻であったが、それでもそこに確かなものがあったと信じた日々は。
 抵抗を止めた間人の四肢を、葛城皇子が荒々しく褥(しとね)に縫い止める。
 その夜、大王の宮の舎人達は、皇后の寝所から、止むことのない女のすすり泣きを聞いた。


 わたくしは、その後、夫を難波に残したまま、兄と共に飛鳥に参りました。
 大王は都が移されて間もなく、病を得て儚くなられました。わたくしも旧都に駆けつけましたが、夫の臨終には間に合いませんでした。
 はい?大王は飛鳥より届けられた御酒を口にして、それから急にお苦しみになられたと?御酒の送り手は葛城皇子で、皇子は遷都を拒絶して旧都に居続けた大王をわずらわしく思い、大王をしい奉ったのだと?
 誰がそのようなことを申しているのでしょう。密かに有馬が寵愛していた、あの采女でしょうか。……もっともその有馬とて、もはやこの世の者ではありませぬが。
 そんなこと、あるわけないではございませんか。
 あのお方は――葛城さまは、欲しいものを手に入れたのです。ご自分が手放したその花を再び手折って懐中に収め、それはそれはご満悦であられましたよ。さすがにお気づきになられた母上が、兄上に皇統をお渡しになられることを厭うて、自ら再び皇位を踏まれるくらいに。
 ……何ですって?
 大王が口にされた御酒からは、梅の香がしたと?大王はその香を愛おしそうに見つめて、自ら、毒が含まれていることを承知で杯に口をつけたと?
 それもあの采女が申しているのですか?大王様が、この香は我が妻のものとおっしゃられた、などと?
 ……さあ、どうでございましょう。そのようなことがあったのかもしれませぬ。なかったのかもしれませぬ。
 いずれにせよ、真相など、誰にもわからぬことではありませぬか。殿方の語る歴史に、女の入り込む隙間はございません。
 ――そうでございましょう?



トップページへ


Copyright(c) 2005 Huuka yokokawa.Allright reserved