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月の宝珠
第四章 王女奪回〜


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 濃灰色の雲の合間に、いびつに歪んだ月が顔を出した。半月よりもやや肥えて――満月にはやや足りない、俗に言うところの十三夜の月だ。ざわめく木葉の向こうから梟の鳴く声がする。王都の中とはいえ、この近辺は夜になると闇が深い。
 上から下まで黒い衣服に身を包んだ人影が四人、屋敷の裏口から中へと入り込んだ。別邸とはいえ、盗まれる物が多い貴族の屋敷は夜は必ず施錠するものだが、今宵に限って鍵が外されていたらしい。物音さえたてずするすると入り込んで来る。
 目指す場所は2階の一部屋、部屋の前までやって来た時、人影の一人が腰に佩いたものを引き抜いた。かぼそい月明りに照らされた剣の切っ先が一瞬、白く光る。その光を待っていたかのように、残りの3人が、いっせいに部屋の中へと飛び込んで行く。
 目だった調度品のない室内は、夜の闇に沈んでいた。その中の唯一の家具である寝台の上では、夜具が人型に盛り上がっている。夜具の端を掴んで引き上げ、初めて、人影の口から言葉が迸り出た。
「これは……」
 めくり上げた布団の下には枕が3つ、きっちり縦に並べられている。誰かが彼らの狙いに気づき、あらかじめ用意した仕掛けであることは明白である。
「屋敷を探せ!まだ遠くには行っていないはずだ!」
 吹き抜ける風に木葉がざわめく。窓の向こうで、半端に欠けた月が雲に翳った。



 その頃、ラドルフとカイジャンは未だ意識を回復しないフィリエと共に、グラノスの街の地下水路をひた走っていた。
 地下水路と言っても、彼らが今ある水路は新しいものが完成して、打ち捨てられた過去のものである。水路自体は完全に水が引いているので、時折、猫と間違うほどの大きなドブネズミとはち合うことを除けば、走り難いということはない。
「――しかし、この状況で裏切るかよ。自分だって、ただで済まないってことがわからんのかね、あのおっさんは」
「お前に人を見る目がないだけだろう、カイジャン」
 パトロンであったはずの貴族が彼らを見限り、王家側に売り渡したのだ。いち早く襲撃の気配を察知したラドルフとカイジャンは、間一髪で屋敷を抜け出すことに成功したのだった。
 それにしても、食うに困った一般庶民ならばいざ知らず、王侯貴族の変わり身の速さと自己保身には呆れ返る他はない。もっとも、人を見る目がないとまで言い切るのは言い過ぎかもしれなかった。カイジャンがあの貴族に目をつけたのは、彼が持つ街外れの屋敷と、その地下を走るこの旧水路に目をつけた為だと言う。この水路はグラノスの貴族街の一角に繋がっている。地上では先に逃げたイキシスとロキシスの二人が、彼らの到着を待ちかねているはずだ。
 自分の足で歩くことのできないフィリエはシーツで包まれた状態で、ラドルフの肩に担がれている。女一人の体重などたかが知れているとはいえ、ずっと抱えて走るのは今のラドルフには少しきつい。しかし、代わってやろうかというありがたい申し出は、丁重に断った。――例え体力的にきつかろうが、片時だって、手放したくない。
 しばらく走り続けて、さすがに息も上がったころ、水路の行く手に壁が現れた。壁に備え付けられた鉄梯子を、最初にカイジャンが地上に上り、次いでフィリエを引き上げる。今のところ追っ手の気配はないが、できるだけ早くこの場所を離れるに限る。
 梯子を上りきった先はグラノスの貴族街の中央にある大聖堂の一角だった。王侯貴族の結婚式や葬式の時にのみ使われる聖堂は、夜の中にひっそりと静まり返っている。植え込みの枝が風に揺れ、その向こうに石造りの建造物が無数に立ち並んでいる。東大陸では通常、教会や聖堂の片隅に墓地を作る。突如として地中から現れた彼らの姿は、さながら、常世の世界から蘇った死者のように見えることだろう。
 あらかじめ外してずらしてあった石畳から身を乗り出した時、そこに見付けた光景に、ラドルフは思わず、先ほどの自分の台詞を心中で訂正した。それなりに長い付き合いであるこの赤毛の男は、人を見る目がないのでなない。ただ、致命的につめが甘いのだ。こんなことで、ロルカ王制を廃止するなどできるのだろうか。古くからの友人として純粋に心配する。
「……すまん、ラドルフ」
 先に梯子を上ったカイジャンと、その手に支えられたフィリエ。その先に、縛り上げられ、猿轡をかまされた双子の姿があった。さらにその向こうから現れた人物は、栗色の髪の質と唇の形が非常によくフィリエと似ている。
「――妹を返してもらうぞ。ラドルフ・インバート」
 これがシルヴィア王国の伝統なのか。供の一人さえも連れず、シルヴィア王国王太子エルモンド・シルヴィアが立っていた。






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