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月の宝珠
章 王女奪回〜


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「――解術師を探し出す」
 翌日の朝、朝食の席に出てきたラドルフはカイジャンに対してそう断言した。恐らく昨夜は眠ってないのだろう。目の回りが落ち窪み、白目が赤く充血している。ただでさえ顔の左側が焼け爛れている上に、そんな顔をされると夏の夜の怪談に出てきそうな按配になる。見世物小屋で素の顔で働けるだろう。
「解術師って……お前が探していた、どんな呪術でも解くことのできる、凄腕の呪術師という奴か?」
「ああ。エリトリアの革命時に亡命して――その後の行方は杳として知れないが、存在したことだけは確かなんだ」
 そもそも、ラドルフとフィリエが東大陸に戻ってきたのは、件の解術師を探し出す為だった。フィリエと共に生きる為、満月の呪いから解放される為に、一縷の望みにすがってロルカ国までやって来た。
 一晩、一睡もせずに考えた。フィリエを救う為に、もっとも手っ取り早い手は彼女に術を施した呪術師を見つけることだろう。ラドルフの知る限り、傀儡の術は呪術の中でもかなり高度な術であり、使いこなせる人間は少ない。――それ程の呪術師が、シルヴィア王女とロルカ国王の婚姻を望む勢力の中にいる。
 だとすれば見付けたところで、フィリエにかけられた術が解ける可能性は限りなく低い。だったら、伝説の解術師とやらを探す方がまだ望みがある。何としても探し出して――脅してでもすかしてでも、フィリエを元に戻してみせる。
 ラドルフが密かに身震いした時、既にテーブルについて、目玉焼きを突いていた双子の一人が声を上げた。
「その解術師になら、傀儡の術を解くことができると?」
「人がかけたものならば、人の手で解けないことはないはずだ。何としても見つけ出して――フィリエにかけられた術を解いてみせる」
 食欲などまるでなかったが、何かを成し遂げる為に体力は重要だ。味のしないパンを噛み千切ったラドルフと相対し、双子の一人がさらに言葉を紡いでくる。未だに見た目で区別はつかないが、この冷静な語り口調は双子の兄――恐らく、イキシスの方であろう。
「貴方は呪術に対し、少し思い違いをしている。呪術の本質は、かけるものではなく編込むものです。己の力を術式に走らせ、対象をその中に絡めて取ることで、目的を果たす。――だから、一度編みこまれた術を解くのは、通常よりも術者の能力を喰らう」
 どうやらこの双子達は、ローデシア生まれのラドルフよりもはるかに呪術に詳しいらしい。言われた意味がわからず目をしばたたくラドルフに対し、今度は双子の片割れ――ロキシスが視線を向けてきた。
「解術って、大変なんですよ?並み程度の呪術師なら、術一つ解いただけで、2、3日は寝込むんですから。傀儡の術なんてのを解いたりしたら、その解術師に貴方の呪いを解く余力があるかどうかはわからない。それでも彼女の術を解くんですか?」
 ――なんだ、そんなことか。
 乾いたパンを認識と共に飲み下し、ラドルフは双子に向かって口の端を押し上げた。
 だてに何年も、この呪いと連れ添い続けているわけではない。いつ訪れるかが明白なので、対処のしようがあるのは、ありがたいとさえ思う。
 度重なる苦痛に肉体が損なわれはじめているのは事実だが、それだって無理をしなければ、もうしばらくくらいはもつだろう。――それがいつまでのことかは、知れないが。
「それでフィリエを救えるのであれば――俺はどうなっても構わない」
 


 鋼と鋼がぶつかる音に、庭木で羽を休めていた鳥達がいっせいに飛び立った。揺れて動く濃緑の合間で、赤い実が見え隠れしている。
 今も日中はうだるように暑いが、朝晩は吹き抜ける風に冷たさを感じるようになった。いつの間にやら、夏が終わろうとしている。
 鍛錬用の刃を潰した剣を手にしたまま、カイジャンは大きく息を吐き出した。骨折と全身打撲の大怪我から1ヶ月と少々が経過し、ラドルフの回復ぶりは今のところ順調である。その他の点は推測するしかないが、こうしてカイジャンと剣を打ち合っている身体の切れは、以前とさほど変わりがないように感じる。
 剣の切っ先を引き上げ、斜め上から打ち込んできた鋼を鋼で弾く。その一撃だけでも、がしびれるような衝撃がある。右の足で大地を蹴り上げ、全力を込めた突きを繰りした次の瞬間、ラドルフの手から剣が弾け飛び、片方の膝が地面にめり込んだ。
「お前な、こっちは病み上がりなんだ。少しくらい手加減しろ」
「病み上がりでそれだけ動けるなら、もう問題ないだろう。しかし、さすがだな」
 差し出されたカイジャンの手を掴んで起き上がりながら、ラドルフは現在彼らが滞在している煉瓦作りの屋敷の窓を見ていた。漆黒の眼差しが見つめる2階の窓の向こうには、数日前、彼らが攫ってきた姫君が今も変わらず眠り続けている。
「フィリエちゃんの様子は?相変わらずか?」
「……ああ」
 今ではロルカ国の裏街道で、それなりに名の知れた存在のカイジャンである。人知れず伝手や仲間を使って、解術師とやらの行方を追ってはいるが、未だその行く先はわからない。ラドルフはラドルフでグラノスの裏町や呪術のギルドをあたっているが、芳しい成果は得られてはいないようだ。
 貴族の家の裏庭には、井戸ではなく動力を使ったポンプがある。くみ上げた水で喉を潤しながら、カイジャンはふと、昔なじみの横顔を仰ぎ見た。
 シルヴィア王国の王女であるという事実を除けば、フィリエ自身は格段に美しくもなければ賢くもない、どこにでもいるごく普通の娘だ。カイジャンの目からみても、確かに言動は珍妙で面白いと思うが、だからと言ってどうということもない。
 それでもこの男はあの娘に惚れていて、娘は男の為に、親も兄弟も身分さえも捨てた。それ程までに人に惚れる――惚れられるというのは、一体、どういう感覚なのだろう。
 しばし柄にもない感慨に浸っていたので、視界の先で、ラドルフが眉根を寄せたのに気づくのが遅れた。戦場生活ならばラドルフより長いはずのカイジャンでさえ、この男の敏さには呆れる。声を出さないように合図をしながら、建物の壁に身を隠し、見やった先では、一人の男が、馬車から下りて来たところだった。見慣れぬ顔ではない。この屋敷の持ち主――カイジャン達叛乱組織の当面のパトロンである貴族の男である。
「……あれは」
 この屋敷はその男の持ち物であり、主人が自邸にやって来るのなら、正々堂々正門に乗り付ければいい。しかし馬車は建物の裏側に停まり、しかも、男の周囲には見慣れない顔がいくつかあった。襟まできっちりとしまった服を着て、腰に剣を佩いたその姿は、恐らく騎士が軍人だろう。
 思わずラドルフと顔を見合わせる。顔の半分が焼け爛れた男は、カイジャンと顔を見合わせながら、露骨に渋い顔をしていた。
 ――ものすごく、嫌な予感がした。






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