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月の宝珠
序章 終わりとはじまり〜


扉へ/とっぷ


 ふと、肌寒さを感じて目が覚めた。
 淡い月明かりに照らされた室内は静まり返っている。部屋の中だけではない。建物の外も内も静まり返っていて、すべての人間が眠りについている。それもそのはず、今はそうあって当たり前の時間帯――夜だ。
 自分がどうして目を覚ましたのかわからないままに目を開いて、寝台脇の壁に立てかけてある愛剣を見る。手を伸ばせばすぐに触れられるくらいの距離、しかし彼が寝床の中にまで剣を持ち込まなくなったのは、ごく最近のことだ。
 回らぬ頭をそこまで巡らせて、ようやく、今ここにあるべき姿が欠けていることに気がつく。剣と入れ替わるようにして、寝床の中に入り込んできたもの。抱いていれば剣よりも安心して眠ることができると教えてくれた唯一無二の存在。
 宿屋の2人部屋には寝台が2つある。使っていなかったもう一つの寝台に膝をついて、彼女は窓の外を見つめていた。
 惚れた欲目を脇において見るなら、フィリエは決して並外れて美しい娘ではない。彼女の真の魅力はそこに何らかの感情が宿った時――笑った時に綺麗に上向く唇、怒った時の吊りあがった眦や、腕の中に収めて口付ける時の深紅の染まった耳たぶ――にこそあるとラドルフは思う。
 しかし今、窓の玻璃に映った彼女の顔からは、何の感情も感じられなかった。眉を寄せてもいなければ、唇をかみ締めてもいない。まるで籠の鳥が空にあこがれるかのように、一心不乱に窓の外を見つめ続けている。
 この窓の向こうには空があり、その空の向こうは彼女のいた――いるべき世界と繋がっている。
 ――もうどこにも行かないで。ずっと一緒にいてくれますか。
 彼女にそう問われた時のことを今もよく覚えている。どこにも行かないと彼は答えた。もうどこにも行きはしない。ずっと側にいると。我ながらあきれるような台詞を口にすることができたのは、薄々、感じるものがあったからだ。
 一度は彼女を置いて旅立った。しかしもう二度と、ラドルフが彼女の側を自分の意思で立ち去ることはない。今度彼らの行く道が分かれる時。――それは彼女が彼を置いて行った時のことなのだと。





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