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月の宝珠
最終章 雪降る夜〜


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 祖霊の廟への拝礼と、披露目の宴が終わると、後は無礼講となった。飲めや歌えの大宴会に、爆竹の音が鳴り響く。ちらちらと雪が散る空に花火が打ちあがり、赤や黄色の火の花が、闇色の空にはらはらと散った。
 醒国の一方的な和睦破棄により、一時は危ぶまれていた景王と醒公主の婚礼が執り行われたのは、季節が冬の入り口を迎えた頃のことだった。
 景国の都である凛都(りんと)は、景国が周辺部族を統一した後に作られた新しい街だ。2階建や3階建の背の高い建物が多く立ち並び、建築様式や石畳の一部に、東大陸の技術が見て取れる。
 フィリエがいま居るのは、景国王宮の一角――国の正客をもてなす時につかう迎賓殿の一室だった。ラドルフが冗談のように言っていた『最高級の部屋』という言葉を、浩漢がまともに取り合った結果らしい。窓の枠にまで細かな透かし彫りが施され、張り出した露台からは凛都の街が一望できる。
 夕暮れ時から降り出して来た雪が一片、フィリエの肩先に触れて溶け消える。再び夜空に咲いた花火に顔を上げた時、すぐ後ろで声がした。
「――こんなところにいたのか」
「ラドルフさん!包帯取れましたか?」
「ああ、まあな」
 射られた傷は急所を逸れてはいたものの、ラドルフはその後しばらく、利き腕を三角巾で吊るしていた。それでも何とか今日になって医師から全快の許可が出て、これからはしばらく動かしていなかった所為で鈍った身体を動かし、感覚を取り戻して行くのが大仕事だと男は言った。
 露台の手摺に身をもたれ、2人並んで夜空を見る。打ち上げ花火も佳境に入り、盛大な爆音と共に、色とりどりの火花が、絵物語の中の幻の鳥のように跳ね回っている。
「東大陸では花火は夏しか見られませんけど……冬の花火もいいものですね」
「そうだな」
「ラドルフさん、覚えてますか?シルヴィアの王宮で花火を見た時のこと」
「……ああ」
 あの日、フィリエは共にありたいと願い、ラドルフはフィリエの気持ちに答えることなく彼女の元を立ち去った。あれから随分と月日がたって、随分と遠くにやってきたけれど、フィリエの中にある想いはあの時と何ら変わっていない。
「もう、どこにも行かないで、ずっと一緒にいてくれますか?」
「行かないさ。どこにも」
 一抹の不安を滲ませた言葉に、力強い即答が返された。フィリエの肩を抱き寄せ、その冷たさに驚いたように目を見張っている。
「冷えてきたな――中に入ろう」
 その瞬間、一際大きな花火が打ちあがり、遠くで歓声が上がった。



 寝台は安宿の一部屋分はあろうかという、豪華で豪奢なものだった。
 夜具にはすべて鳳凰の刺繍が施され、天蓋に使われている布地はどうみても絹だ。
 生まれは王族に連なる身であっても、その後の傭兵生活が長いラドルフは貧乏性が骨の髄まで染みこんでしまっている。こんなところで寝られるか……思わず口に出して呟いた時、先に帳の中に入って、枕の大きさやら夜具の厚さやらに感嘆していたフィリエが振り返って彼を見た。
「――え?寝るんですか?」
 虚をつかれて目をしばたたいたラドルフの唇に指を沿え、悪戯気に微笑んで見せる。すべてが終わって、無事に景についたなら。そう約束してはいたものの、ラドルフが怪我人であった為、同じ部屋で休むのは正真正銘、今夜がはじめてのことだ。
「まあ、確かにな」
 細い指に指を絡めて握り締め、今、こうして誰よりも近くにいられる幸せをかみ締める。そのまま繋いだ手に力をこめると、二人分の重みに寝台が軋んだ。
 国も地位も住む世界も係わりない。夫婦となった男女ならば誰もが通る当たり前の道。特別なことなど何もない。国も社会も未来だって、そこに一つの家族が――つまりは一対の男女がいなければ成り立ちなどしないのだから。
「ラドルフさん!見てください、この敷布の刺繍、ここまでくるとほとんど芸術ですよ!」
「……なあ、お前が今、考えるところはそこなのか?」
 そこで交わされるやりとりが、当たり前であったかどうかはさておくとしても。ラドルフは幸せだったし、フィリエもまた幸せだった。多分、――これまでのどんな時よりも。


 
 東大陸と西大陸の間の情報伝達は、季節によって差がある。冬場は北方の海が凍てつき、海流が変わる関係で、情報も物品も速やかには行き渡らない。
 ロルカ国で政変あり。――国王マルコ3世崩御。異母兄ディラン1世即位。
 マルコ3世の死が暗殺であることが西大陸に伝わったのは、冬が終わり、薄紅色の桜が綻び始める頃のことだった。





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