風の挽歌

お題 消えてゆく五つのもの


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5:体を包む温もり

 実に寒い夜であった。
 夜空を彩る無数の星の瞬きが、遮るものなく2人の頭上を照らす。間近で揺れる炎の赤は、風もないのに左右に揺れ動き、そのたびにそこにいる人間の頬や額に、鮮やかな紅色が横切った。
「……俺はいいから、お前が使え」
 カイは自分と同じように炎にしがみついている少年の肩に、かろうじて一枚だけ残った毛布を押し付けた。自分は上着の中に亀のように身を竦め、手をこすり合わせて息を吐く。本当に寒い。冬と呼ぶにはまだ早い季節であるにも係らず、日が落ちた後の外気は既に、真冬の冷たさである。
 今日の昼間、賞金稼ぎの仕事で立ち入った村で騒動に巻き込まれ、彼らは、旅支度の一式を失った。それでも命があっただけ、まだよかったのだ。報奨金は無事だったので、朝になって店が開けば、旅支度一式をあがなうことができる。
 だが問題は、宿にとまる金も、包まって暖を取る毛皮もなく、吹きさらしの空の下で過ごさなければならないこの一夜である。
「そんな、僕1人でなんて使えないよ」
「お前、一応女だろうが。身体冷やしてどうするんだ」
 日ごろ、自分をまったく女扱いしない相棒の言葉に、シナは言葉を失う。彼とであって、まだそれほど日にちがたったわけではないが、宿の部屋は常に同室で、怪我の手当てをしたりされたりしたこともある。特に女として意識されたい、というわけではないのだが、一応年頃の娘と同室しているというのに、平気で娼館に出かけて、女の残り香をさせて帰ってくるこの若者の神経には、腹立たしいものを感じていた。
 しかしだからといって、たった一枚しかない毛布を独占して、それで自分一人眠れるほど、シナの神経は図太くないのだ。
「だって、これじゃあ、カイが寒いじゃないか」
 立ち上がって、青年の肩を毛布で覆う。カイの口から言葉が出る前に身を滑らせ、自分もその中へともぐりこむ。
 これ以上とないくらいに密着した空間で、傍らの青年がわずかに身じろいたのがわかった。
「この方が、暖かいだろう?」
「シナ、あのな……」
 鼻腔をくすぐるのは、若草の香。触れたら折れてしまいそうな程に細い身体は、それでもこうして肌を触れ合わせていると、年頃の娘らしい、柔らかなまろみをおびていることがよくわかる。
 カイは一瞬、本気でたじろいて身を引きかけた。
 シナが寄りかかっている身体の右半分が、酷く暖かい。それは彼も認める。しかし、ちょうど肘のあたりに、わずかに感じる膨らみの感触や、彼女が息を吐くたびに首筋にかかる吐息の感覚に、背筋に別な意味での震えが走ったとしても、19になったばかりの若者を責めることが出来る者などいないであろう。
「お前――」
 カイ自身、自分の素行が決してよろしくはないことは自覚している。しかし手を出してもいい相手とそうでない相手を区別するくらいの分別はあるのだ。
 そうでなくとも、この少女はカイの中で<女>とは別物だ。初めに少年だとしか思っていなかった所為もあるし、迂闊に触れたならば、途端に生傷だらけにされるであろうことを覚悟している所為でもある。
 自然、声がかすれる。場合によってはすぐに受身を取れるように身構えながら、カイは呟く。
「……お前、俺も男だって、わかってるか?」
 返答はない。
 かろうじて自由に動かすことのできる首を巡らせて、カイはそこに、安心しきったように瞼を閉じて、自分に寄りかかっている少女の寝顔を見た。
「……」
 ――その顔に警戒はない。まったく。ほんのわずか、ささやかにさえも。
 思わず苦笑をもらしながら、カイも瞼を下ろす。
 それは彼にとって、実に長い夜の始まりでしかなかったが。






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