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何処までも高く昇り堕ちて


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 朝陽が頬に触れた時、高市はまだ寝床の中にいた。
 どうやら今朝は非常によい陽気らしい。きっちりと締め切った板戸の隙間から、朝の陽射しが溢れるように射しこめている。窓を開けずとも、朝露に濡れた木の葉に陽光が照り返し、きらきらと瞬いているその様が目に映るかのようだ。
「う……ん」
 身じろぎして起き上がった高市のすぐ脇で、布の塊がもぞもぞと寝返りを打った。いったん眠りにつくとちょっとやそっとのことでは目覚めない性質は、大人になっても変わらなかったようで、肩の上まで上掛けを羽織って、またすぐに、すやすやと眠りこんでしまう。
 ――あの雨の夜の後。
 御名部の館で一夜を過ごした高市は、翌朝、自身の邸に戻るより先に父王の宮へ向い、彼女を妻とする許可を貰い受けて来た。御名部の母は大豪族蘇我氏の娘であり、序列が低いとはいえ大王の長男である高市と御名部の婚姻は、朝廷内の勢力図を左右しかねない。反対されれば彼女を連れて都を出るだけの覚悟はあったが、想像していたよりはるかに呆気なく、大王は彼と御名部の結婚を許可した。父としては、最愛の娘を死なせてしまった償いを、彼女と最も親しかった弟の望みをかなえることで果たしたかったのかもしれないが――そんなことは、どうだっていいことだ。
 寝返りを打った拍子に額に張り付いた御名部の髪を一房、指に巻き付けながら、高市は思う。
 ――俺の代わりに守ってくれ、と彼(か)の男は言った。
「……大友、お前、根本的なとこを間違ってたんだよ」
 戦が終わってからの七年間、高市は十市を守る為、ありとあらゆる手を尽くしてきた。しかし差し伸べたはずの手はいつも空回って、結局、十市の許には指先さえも届かなかった。
 それもそも筈だ。好いた女を守る手は、自分の手でなければ意味がないのだ。高市がいくら大友の代わりに彼女を守ろうとしても、十市がその手を取らなかったのは当然だった。高市のこの手は御名部を守る為のものであって、十市を守る為のものではない。今までも――そしてこれからもずっと。
 学問も政治も武芸も人並み以上に優れた男が、どうしてそんな簡単なことにさえ気がつかなかったのか。今、高市に悔いることがあるとすれば、そのことだけだ。もしもあの時。あの時俺がもう少し大人で、そしてもっと早く、そのことに気がついていたならば。お前でなくては駄目なのだと。そう告げて、間違いを正してやることが、出来たかもしれなかったのに。
 今日も朝から父王の政務を補佐する仕事が待っていたが、今少し、こうして愛する者を腕に抱ける幸運に酔っていたかった。どうせ後もう少しすれば、夫妻の宮の采女達が、朝餉の仕度が整ったことを告げにくるはずだ。
 白い頬に口付けを一つ。黒い髪の合間に手を差し込んで、彼だけの細い身体を腕の中に抱き寄せる。
「……愛してるよ、御名部」
 俺は間違えない。絶対に守り抜いて見せる。――誓いの言葉を胸に一つ、亡くした者達への弔いに代えて。





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