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風の挽歌

第7章 哀しい城2


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  風は舞う。
 虚空(こくう)を抜け、谷を越え、春を待つ大地の地味を削り取り、灰色の家々の頭上で螺旋を描き、空高く舞い上がる。
 ひゅるひゅると、歌うがごとく。その物悲しい旋律が、宿屋で仲間の帰りを待つ、少女の耳にも聞こえてきた。
「――ああ、茨の城の泣き声だね」
 洗濯籠を抱えた宿屋の主婦が、山の方角を見ながら呟いた。若者達が出かけた頃、まだ空の高い位置にあった太陽は早くも傾き、沈み始めた日の光で、山は薄い茜色の霞がかかっているように見えた。
 取り込みを手伝っていたティティは、仕事の手を休めて呟く。
「泣き声ですか?」
「そう。いつもこの時間になると、泣き出すのよ。騎士だった恋人を悼んで、茨の城のお姫様が」
「……」
 少女は、風の声を聞く。大切な者の死を悼む悲しい旋律は、同時、大切な者の帰還を願う祈りの歌でもあった。
「シナ、カイ、ラウル……」



 大広間から上方へ続く階段は、行けども行けども、途切れることがなかった。
 白灰色に降り積もる埃、絡み合いながら落ちていく茨は、最早彼らの行く手を阻まない。
「こりゃ一体、どこまで続いてるんだよ」
 頭上から、ラウルが呟いた。地上で別れた友の剣を振るい絡み付く植物を振り払う。少々へっぴり腰だが、使い方そのものは悪くない。彼が振り落としたものに触れないように用心しながら、シナは数段先を行く大柄な男に向かって声を張り上げる。
「仕方ないだろ。他に道がないんだから」
 異形の植物に囲い込まれた空間からの、唯一の脱出口。ならば、進しかないのだ。この下で、その身一つですべてを引き受けてくれている青年の為にも。
「しかしもう随分と登ったぞ」
 下を見ると、果てのない黒い空間が淀んだ空気をたたえ、ぽっかりと口を空いて待っている。黙って見ていると、魂を吸い込まれそうだった。
 内といわず外といわず城を覆い尽くしていた茨は、今はすっかり数が減っていた。足にこびりつくのは粘度のある苔の一種、手すりを指先で擦ると、乾いた白粉が舞い上がる。
外から見上げた時、城はこんなに高かったろうか。
 ふと、思わずにいられなかった。
 ――まさか、誘い込まれた……?
「うげ?!」
 唐突に、現実に引き戻された。シナが物思いに浸っている間に先に行っていたはずの男が、見れば大わらわで駆け下りてくる。彼が脇をすり抜け、腕を掴まれ引きずられて、シナにもようやく彼の行動の意味がわかった。
「何をやってるんだ、早く下りろ!」
 彼らが今在る螺旋階段の上、段数にして十数段上方で、埃が煙をあげてたなびいていた。どど、と地鳴りにも似た音が鳴り響き、2人の足元が、上から落下してきたものの重みにまけて、ぎしぎしときしむ。
 ――白い獅子。牙を剥き出しにして走り下りてくる。
「おい、シナ!」
 重力の法則に従って、獅子は加速しながら迫りくる。
 駄目だ、受け止めきれない。受け止めきれるだけの力を持った人間は、今ここにはいない。
 鋼の手すりに両手をかけ、シナは空中に身を翻す。屋根から開かれた、明り取りの窓。窓の表面は城よりわずかばかり外側へ張り出している。あの窪みになら、2人くらいは入りそうだ。
 しなやかな身体が宙を舞った。目測違わず壁面の一部に着地し、細い腕を目いっぱいに伸ばしきる。
「ラウル、飛んで!」
 若者が、手すりの端から身を乗り出した。シナと背後を交互に確認し、えい、や、とばかりに身を投げ出す。ラウルの身体が落下を始める直前に、2人の身体は触れ合っていた。
 狭い空間に、2人分の呼吸の音が響く。窓とラウルの間にはさまれた状態で、シナはそっと下方をのぞき見る。ぞっとするくらい高い壁面の隙間で、風がひゅるると鳴いていた。
「危なかった……」
「この体勢…カイに見られたら殺されるな」
「この非常時に、何をふざけてんだよ」
 ほう、と2人が息を吐いた瞬間、足元で何かがみしみしと鳴った。からんと軽やかな音を引き、何かが空間に落下していく。呼気が混ざり合うほどの近さで、シナとラウルは互いに息を呑む。
「おい……」
 黒い髪が吹き上げられた風に煽られ、上方へむけてなびいていた。固い床が――固かったはずの足下が、長い間風にさらされ続けた骸骨のように、さらさらとなって消えていく。
 咄嗟に伸ばした指先は、手すりまでは届かなかった。触れる直前で空を掴み、そのまま斜めに掠めて落下する。深く暗い闇の中にすい込まれて行くシナとラウルを、上方から悠然と見下ろしているのは。
「白い……獅子」
 暗闇を散る細かい粒が、視界の中でちらちらと瞬いている。まるで粉雪みたいだな――と、シナは思った。



 雪が降っていた。
 夜空で光る青い月を、削り取って落ちてきたような雪が。手を伸ばして触れれば消えてしまう、儚い夢の残像のように。
 茨の城は、輝いている。
 窓辺に灯る、橙色の灯火。鳴り響く軽やかな調べに、硝子の触れ合う音が混ざる。
 鋭い棘に覆われ、厚い埃を帯びていた螺旋階段の表面には毛足の長い絨毯が敷きつめられ、色とりどりの衣装に身を包んだ貴婦人が、殿方の手を取って、舞踏会の間に下りる。
 これこそが、ありし日の茨の城の姿。
「――俺と逃げよう。このままでは、貴方は明日にも皇帝の側室だ」
 目の前に広がる光景に、シナは暫し呆然とした。
 ここは……何処?
「……」
「陛下の一行は、明日の正午に城を発つ。あの人はその時に貴方を都に連れて行く積もりだ」
 思考が纏まりきらないうちに、がつり、と肩を掴まれた。見上げた先で、明るい緑色の瞳と目がかちあう。不安げに何度も何度も瞬いて、震える手で細い身体を抱き寄せる。
 え、ちょ、ちょっと待って、と跳ね除ける前に、身体は完全に若者の腕に捕らえられていた。
「お願いだ、……様」
 ――これは、茨の城の王女の記憶。この若者が、茨の城の姫君の恋人。
 通常なら到底受け入れることの出来ない認識を、何故かこの時、シナはあっさりと受容してしまっていた。
「……俺は、貴方を失うなんて考えられない」
 皇帝の側室に迎えられる予定の恋人に、彼は自分と共に逃げようと言っているのだ。
 ――ならば、何故逃げなかったの?
 私は知っている。もしも同じ立場に立たったなら、「勝手にしろ」の一言で済ませるであろう人を。
 望む言葉を、望む相手から得ることが、どれほど難しいことであるかを。
 だがシナの意に反して、王女は応えをしなかった。鳶色の髪を短く刈り上げた騎士姿の若者も、それ以上の返答を求めない。そしてやがて掌が肩から離され、若者が身を翻す直前に発した言の葉だけが、シナの――王女の心に、深く強く刻み付けられた。
「明日の朝、獅子の像のところで、待っている。あなたが来てくれるのを、俺はいつまででも待っているから――」



 意識が遠のきかけたとき、かすかに誰かが叫ぶ声を聞く。
 例えるなら、衣を引き裂く音。落ちていこうとする身体を引き留める腕。だが自らの重みに耐えかねて、掴み取った袖が引きちぎられてしまった――そんな音が。
「……ったく、キリのねぇ」
 何度目かに放った力の鞭は、弓なりにしなって茨の攻撃を押し留めた。
 より多く、そしてより長く。彼がここで異形の植物を引きつけることが、あの少女と若者の安全を保証する。だがおざなりな手当てしかしていない傷は動かすたびに熱を発し、鈍い疼きでカイの動きを妨げた。
 見上げれば薄く紗のかかった視界の先で、埃まみれのシャンデリアから垂れた紐状の飾りがゆらゆらと揺れていた。一瞬、それが斜めにぶれて視界から消えていったように感じ、カイは拳で自分の瞼を擦り上げる。
 金色に輝く透明な光が、幾筋もの破線となって広間の内を波打った。さわさわと蠢く褐色の蔓が、空で弾けて霧散する。だがこの闇雲な攻撃は長くは続かなかった。立っていることにさえも眩暈を感じ、カイはその場に片膝をつく。
 ――おかしいな。これくらいの傷で……。
 何故、ここまで力が入らない。
 刈り取られたはずの茨は、すぐに再び集まってきた。まるで餌につられて集まってきた獣の群れだ。じわじわと自分を取り囲む植物に油断なく目を配らせながら、手首の裏側で額を拭う。滴るものは、汗と言うより油に近い。
「剣を……譲ってやるんじゃなかったかな」
 呼吸をするたびに、両肩が跳ね上がる。ぽたり、と額を滑るものが床に散る。
 その動きに合わせるように植物が動き出したのを、剣術に優れた男の目は確かに捉えていた。充分に自らに引きつけた後で、カイは力を解き放った――はずであった。
「――っ?」
 その時、不意に鋭い錐でも突き立てられたかのように、胸の奥を痛みが貫いた。とっさに握りしめたシャツの袖から、また新たな血液が零れて散る。
 傷の痛みになら、耐えられたかもしれない。だが唐突に訪れた、体の内側から襲い来る異変に、カイの集中力は、一瞬、千々に乱れて弾け飛んだ。
 心臓の拍動が、粗くなる。息を吸っても、空気が肺まで届いてこない。
 ――何で、こんな。
 振り返る暇もない。背後から傷口を縛り上げられた。棘を帯びた生暖かい楔(くさび)が皮膚を抉り、喉の奥から低いうめきが漏れる。
 引き千切られる生きた肉の生々しい色合に、血を望む茨の群れは狂喜する。自身に向けて迫り来るそれらすべてを引き離すには、今のカイに残された力だけではわずかに足りない。
 押し寄せてきた暗い認識の渦に、唇の端が歪んだ。
 「――ザマぁねぇな……」
 意識が深い闇の中に引き込まれる瞬間、カイの脳裏を過たのは、彼が死ねば自分も死ぬと、だから死んだら許さないと、滅茶苦茶な脅しをかけて去っていった、1人の少女の姿だった。
 ――シナ……すまない。



 夜明けの鐘が鳴る。
 高く、澄み渡った空に、夜の終わりを告げる音が。
 シナはその音を、茨の城の中で聞いた。
 窓にはめこまれた玻璃の表面に、若く美しい女の姿が映る。鐘が鳴り終わるその時まで、彼女は一度もその場を動かなかった。
「……」
 もしも自分だったならこんな時どうするのだろう、と考え、シナの思考は夕べからいつも、同じ場所で立ち止まった。
 ――私には、彼女を責める資格はない。
 シナの手には何もない。父も母も一族も、出会った時には既になかった。
 何もないということは、確かに寂しいことではある。だけど同時に、何かを得る為に既にある何かを捨てる必要がない、ということでもあるのだ。
 その時、不意に部屋の外で人が走り去る音がした。次いでどたりと何かがが倒れる音が、やがてそこに人の叫びが入り交じった時、王女は自ら扉を開け、広間に向かう階(きざはし)を下りた。
 大広間から城外へと繋がる扉の側に、白い石でできた獅子の像がある。恐らくは、王家の紋章だろう。その足下から喉にかけてが、今、鮮やかに赤いもので染められていた。
 明るい鳶色の髪から、飛び散った血の色。飛沫をあげながら、男の体が斜めに倒れて行く。獅子の像の土台にぶつかり、そのまま力なく崩れて床に臥す。
「この男は、恐れ多くも王女をかどわかし、我らが国と王家に害をなそうとした者。その罪によって、ただいま誅された――」
 ほんの一瞬、シナの目には、倒れて行く男の姿が、まるでカイであるかのように見えた。その思いはあまりに鮮明で、だから唐突に鳴り響いた声が誰の者か咄嗟にはわからなかった。
 その場にいた者すべてが、棒立ちとなる程の音。まるで、空間を張り巡らされた無数の弦が、それぞれ別々の方向にかき乱されているかのような。
 動くことの出来ない人の囲いをかきわけて、女は、男の頭部を胸に抱く。指先で頬をなぞると、綺麗に磨かれた爪先が朱色に染まる。その発色は、他のどんな色彩よりも鮮やかだった。
 ――何故、殺さねばならない。殺す必要はなかったはずだ。殺さなくとも、国と親と家族と民とを、両手一杯に抱え込んだ女は、その重さ故、すべてを捨て去ることなどできなかったろう。
 悲鳴はやまない。その声に合わせて、2人の周囲から、唐突に、風が渦を巻いて駆けめぐった。目には見えない感情の奔流が、あふれ出して空間を染め上げる。その瞬間、シナは真実を悟った。
 あの時、ティティと聞いた風の声。
「……行きません」
 あれは――彼女の悲鳴か。
「行きません。わたくしは永遠に、この城から出たりはしない。ここにいる皆も……このままずっと城の中から出ず、朽ち果ててしまえばいいのよ!」
 ――この日から、茨の城は呪われた城となったのだった。



 ぽたり、と頬に何かがあたる感触がする。
 温かくて、透明の液体。大きなエメラルドのような瞳から、一粒、また一粒溢れ出してきて、シナの頬を濡らす。
「ここは……」
 目を開けて最初に飛び込んできたのは、ある筈のない、鮮やかな日の光だった。眩しい程に瞬いて、視界の中でほの白く花が咲く。実際には存在しない、幻の花。だがシナが伸ばした指の先でその花は艶やかにほころんだ。
 青々と瑞々しい茨の棘は、触れたものを傷つけない。柔らかく、たおやかに、閉じ込めているというよりはむしろ――
 ――守っている……?
 緑の溢れるその場所は城の内部であり、そしてまた同時に城の中ではなかった。
 透明な屋根の向こうに灰色の尖閣がそびえ、茨に覆われ斑になった壁が間近に見える。温室というほどの規模はないが、恐らく在りし日にはそれに近い役割を果たしていたのだろうと、容易に想像がついた。
 だがその内側を満たしているのは、色とりどりの花弁ではない。緑色をした若草。若く柔らかい棘の先で、白くほのかに花が開く。ここは――茨が生まれる場所か。
 そしてその片隅から、金の髪が溢れていた。呆然と、シナはその場に立ちあがる。
 金色に波打つ髪。白磁器よりなお白い肌。唇は上等のさくらんぼの色をしている。200年前に死んだ女の遺体ではない。若く美しいままの屍がそこにはあった。
「……おいシナ、無事か?」
「ラウル」
 背後から、肩を掴まれた。そしてシナの肩に触れたまま、うげ、と低く声をあげる。今度はシナにもすぐにそのわけがわかった。
 茨の褥に横たえられた王女のすぐ下から、白い影が現れた。この数時間でシナとラウルが、他のどんなものよりも見なれてしまった顔だ。
 大理石で彫られた白い獅子の像。あの日、彼女の恋人はこの像の下で命を失った。
「……」
 息を殺して見守るシナとラウルの目の前で、獅子はしかし、彼らを見ることはなかった。艶やかな毛並みをなびかせ王女の隣に身を伏せると、その手にそっと鼻先をこすりつける。彫り込まれた瞳からあふれ出した深紅の液体が、柔らかな褥を染める。
 ――もしかして、貴方は。
 王女を見て、血の涙を流す、獅子の像。あの時、カイを守ろうとしたシナを、彼はそれ以上襲うことをしなかった。
「……ごめんなさい」
 誰にも邪魔されずに、この城の中で過ごした数百年。彼らは幸せだったろうか?
 ごめんなさい。私は私の大切な人を守りたい。だから、その為に――あなた達の幸せを奪う。
 白い獅子は顔を上げ――やがて承諾したように、静かに頷き頭を垂れた。
 シナが振り下ろした刃を引き抜いた時、そこでは風が舞っていた。生身の肉体ではない。この世に残され捕われていた感情の残滓が、足先から髪の先端まで、赤い砂になって崩れ落ちていく。
 そうして、彼らの姿が完全に見えなくなった瞬間、鈍い地響きが辺りを鳴り響いた。その音に驚いたように、若い茨の群れが激しく蠢く。苦しげに、そしてひどく悲しげに。まるで茨の棘のその一つ一つが、この哀しみに耐え切れず泣き歌っているかのように。
 茨の城の葬送曲。城は今、長年にわたる封印を解かれたのだ。



 茨の城は消えて行く。谷底から沸き上がる霧に包まれ、城そのものが霧と一体となって霞の中に溶けていく。
 もしも麓の里からこの城の方角を眺めているものがあったなら、大災厄さえもやり過ごした、深い山間に聳え立つ城の輪郭そのものが、鈍い振動と共に雪崩打って崩れ始めたことに気がついたに違いない。
 城を覆い尽くしていた茨が。シナとラウルが昇り続けた螺旋階段が。そしてカイが残った大広間の、褪せた朱色の絨毯が。
 色を失い、形を奪われ、空の中で小さな粒子となって崩れ落ちる。
「こりゃ、思ったよりすごいな。急ごう、シナ」
 降りかえった先で、腹の底に響くような地響きは、だんだんと大きさを増していた。茨の城は消える。王女の悲しみという長年の支えを失って。
「大広間に、戻る」
「あ?って、おい、何を言ってるんだよ?」
「だって、カイが!」
 自分が囮になって、茨の群れを引き受けると言った。先に逃げているわけがない。いや、きっと彼は最後の最後まで逃げ出したりはしないはずだ。
 ラウルの腕がシナの腕を絡めて取った。今にも走り出そうとする体を、腕力で無理矢理に引きとめる。
「馬鹿野郎、お前が今戻って、カイが喜ぶとでも思ってるのか?!」
「だって……約束した」
 ――1人では逝かせないと、誓った。
 ラウルは腕を解かなかった。羽交い締めに抱きとめられながら、それでもシナは消えて行こうとする茨の城の方角へむけ、手を伸ばす。
「――離して!城に戻るの!」
 と、唐突に、目一杯に伸ばしたシナの指の先で、舞い上がる砂塵が割れた。
「……?」
 垂れ込める砂の幕をかき分けて、1人の男が姿を現した。仰ぐようにこちらを見つめた後、1歩また1歩と亀より遅い歩みで近づいて来る。ラウルの手を振り払ったシナの歩みは、いつしか小走りから全速力に変わっていた。
 シナが手を差し出す前に、カイの身体が地面の上に倒れ込んだ。そのままごろりと仰向けに転がり、完全に青みの消えさった空にむけて手を伸ばす。燃え上がる彩雲の色彩を透かし、爪の先が赤く滲んで見えた。
「…カイ?どうしたの?大丈夫?!」
「本気で……」
「え?」
「今回は、本気で死んだかと思った……」
 ふ、と乾いた笑いが零れ落ちた。全身を投げ出したまま、カイは気が抜けたように声を出して笑い出した。カイを見下ろすシナもラウルも、気付けば同じような笑いを浮かべている。
 しばらくの間、そのまま放心したように笑い合っていた。やがてふと、今気がついた、というようにラウルが呟く。
「結局、あの城って、何だったんだろうな」
 シナとカイは、目を見合わせた。2人とも、多分同じことを考えていたに違いない。
 200年以上も昔に、確かに実在した1人の王女。彼女には恐らく――現在のタリア皇家の人間と、同質の力があったのだ。
 本人がそれを悟っていたかはわからない。だが恋人が死にいたる過程の中で、力は本人の意志とは関係なしに増長し――
 想いが、形として場に残された。
「……まあ、そんなことは今更、どうでもいいか。帰るぞ」
「ラウル?」
「いつまでここで寝転がってるつもりだよ?さあ、立てよ。宿で、ティティが俺達の帰りを待っているんだからな」
「……そうだな」
「うん」
 強い砂嵐の裂け目から現れた、沈みかけた冬の日差しが、若者達を優しく染め上げていた。









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