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暁の彼方〜第五章 追憶〜




 ――……考慮しておく。
 結局その言葉が、シリウス3世が公の場で発した、最後の言の葉となった。この後、彼は自室に閉じこもり、衆目にその姿をさらすことをやめてしまう。国王襲撃の一件と関連付け、人々は王が戦闘者のギルドを恐れ、王宮深くに篭っているのだと噂した。
 一方、王国の官による、戦闘者のギルドへの攻撃を訴える声はやまなかった。後の憂いは絶っておかねばならぬ、ギルドさえなくなれば、陛下も心置きなく政務に勤(いそ)しめるであろう――。日に日に強くなるその声は、王宮外、王都の民にまで広がり、一部悪質な「ギルド狩り」と呼ばれる暴動にまで発展した。
 宰相ルーカスはその動きに強く抵抗した。王の身辺警護を司る近衛隊長も、二度目の襲撃は許さぬとして、新たなる戦乱の訪れに抗議したが、まだ年若い2人にできたのは、抗議の声をあげることのみであった。
 そうして、運命の夜が訪れる。



「我々は、シリウス3世陛下へ異心なきことを誓う。国王陛下、ならびに宰相閣下にお目通り願いたい」
 王宮を戦闘者のギルドの主たる人間が訪れたのは、国王襲撃から3月後の夜のこと。その中には<戦乙女>と呼ばれる赤髪の女剣士、カウラの姿もあった。
 彼らは宮殿に招き入れられるにあたり、武具を手放すことを要求される。逆賊の疑いを晴らしたくば武器を置けと言われ、ギルドの人間は、粛々とそれに従った。――この瞬間に、彼らの命運は決まったといえる。
 その時、彼らを招き入れる為に人払いを終えた王宮内の一室に、ルーカスはあった。
「宰相閣下……ここは、我々が」
 兵の1人に遠まわしに退出を請われ、少年は首を左右に振る。
「いや。俺には構うな」

 ――この前初めて、グレイと娼館に行ったんだろ。楽しくなかったのか?酒も駄目、煙草も駄目、女も駄目じゃ、ルーカスお前、この先の人生の楽しみがないぞ?
 ――あんたの娘って、あんたと同じ性格してんじゃないだろうな?!亭主は何とも言わないのかよ?!

 ……来ないでくれ。何度そう願ったことだろう。
 先の戦いにおいて、彼は皇太孫シリウスの名代として最前線に立った。直接に剣を取って戦ったわけではないが、心情的には、王宮の官よりも戦闘者のギルドの戦士の方によほど近しい。
 刻々と時は流れ落ちる。やがてその部屋の扉が開かれた瞬間、ルーカスは思わず目を瞑った。
「――貴様ら、諮(はか)ったな!」
 暗殺や戦闘に手を染める人間が、時の為政者に疎まれるのは常のこと、まったく疑いを持っていなかったわけでもなかったのだろう。何人かの人間は武器を隠し持っていた。1人の放った隠し道具のひとつが壁を突き破り、少年のいる間近の床を引き裂く。
「――宰相閣下!」
「俺のことは気にするなと言ったろう!構うな、続けろ!」
 ――逃げないと、決めた。
 これが避けられない道であるのなら、せめてすべてこの目で見届けると、誓った。
 やがて辺りを濃厚な血のにおいが覆い、地を這うようなうめき声が聞こえなくなるまで。
 齢(よわい)15の少年はそれらすべてを、臆することなく見届けた。



 静寂が、夜を包む。
 夜を満たす空間そのものが、かなりの血の香を帯びているはずだ。しかしそこにいる人間すべてが、もはや正常な嗅覚を失っている。
「……皆、よくやった」
 任を遂行した兵を、若い宰相が寿(ことほ)ぐ。
 床に転がる骸(むくろ)となった人々に、今更かける言葉もない。彼らとて、ルーカスの言葉など聞きたくもないだろう。しかし兵の手が1人の女の骸に触れた時には、思わず声をあげずにはいれなかった。
「――待て、一寸、待ってくれないか」
 運び出されようとしていた女の傍らに跪き、見開かれたままの、蒼穹と同じ色をした瞳を見る。
 殺してやりたいと思うような、何かがあったわけではない。
 憎しみなど、欠片もなかった。思い知らせてやりたいような恨みなど、初めからあろうはずもない。
「……」
 ――お前たちならば、誰も剣を取らなくとも生きていける世を――戦闘者のギルドなどというものが、必要のない時代を作ってくれるような気がしたから。
「……本当に、そんな国ができると思っていたのか?」
 我ながら、声が震えているという自覚はあった。
 ルーカスと彼女の繋がりは、さして深いものではない。出会ってからの年月だけでいえば、わずかに1年と少しだ。しかもその間、カウラはやたらとルーカスに構いたがり、彼が戸惑い逃げ惑う光景を、面白がっているような感まであった。
 このまま行けばルーカスの意思などお構いなしに、彼女の娘という少女にも会うことになるだろう。その時が来たら一体何を話せばいいのかと、真剣に悩んでみたりもしていた。
 ――本当に、そう思っていたのに。
 その瞬間、血に濡れた別の手が、彼の足を掴んで引き寄せた。
「クラネット、お前、まだ息が……!」
 勢いあまって、ルーカスはその場に仰向けに倒れこんだ。死骸を片付けていた兵達が、槍を番えて、2人のもとへ駆け込む。
 屈強な腕が、少年の喉を背後から締め上げる。2つ踝(くるぶし)が、床を離れて宙に浮く。
「死ね、黒宰相!」
「――宰相閣下!」
 2つの声が発せられたのはほとんど同時、その次の瞬間、複数の槍が左右からクラネットの体を押し貫いた。唐突に床に投げ出され、ルーカスは喉を押さえてその場にうずくまる。
 ――何という生命力だ。他の人間は皆、既に絶命していたというのに。
「……だめだ、その男を逃がすな。その男は――」
 ――戦闘者のギルドの、次代の頭領。
 体を槍で刺し貫かれ、それでも男は怯まなかった。自身の肉を貫く槍を手繰って、兵の1人を宙へ投げ捨てる。
 鈍い音がして、槍が半ば近くで折れた。他の兵が怯んだ隙を見て、クラネットは包囲を突き破る。行く手を阻もうとした兵の幾人かが、血しぶきをあげながら床に倒れ付した。
 衛兵の1人が、腰の剣を抜いて切りかかる。――刃先を素手で受け止められ、天井近くまで跳ね上げられる。
 ごとり、と音がして、何かが床に転がり落ちた。足元を見た兵が悲鳴をあげる。彼らが身につけているのと同じ甲冑。その銀の輝きに包まれた――人の頭部。
 ゆっくりと倒れ付す体には、その首から先が見当たらない。
 立ち向かう人々の足が竦んだ。無理も無い。これは……桁が違う。
 血脂で曇った刃を手に、クラネットの翠の瞳が、ルーカスを射る。
「宰相閣下。これが貴公からの<報酬>か」
「……」
「これで終わると思うな。貴公とこの国の王の命は、必ず、我ら戦闘者のギルドが貰い受ける!」
 


 シリウス3世即位元年の春。グリジア王国王宮を、戦闘者のギルド6名が襲撃した。
 宰相ルーカス・グリジアの命を受けた近衛の兵により、そのうち5人が死亡、1人は逃亡し、追撃した国王軍と南方にて戦闘となる。
 戦闘者のギルド、壊滅。
 生き残った数十名とも数百名ともいわれる戦士達は恨み深く山中に篭り、再起の時を待つ。
 ――国王シリウス3世、これを憂いて宮殿内に深く篭る。






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