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暁の彼方〜第五章 追憶〜




 月のない闇夜、外には風の音さえもしなかった。
 自室の寝台で休んでいたルーカスは、ことり、と何かの動く音で目を開いた。気を張り詰め続けの日常、たまの休息に眠りは深い。自分が何故目を開いたかわからずに再び瞼を落としかけ――寝台の傍らの剣へ手を伸ばす。
 侵入者は2人。
 一つの影が寝台へと近づき、夜具の上へ刃をかざした。もう一方は寝室の扉を陣取り、退路を塞いでいるかのように見える。
「――何者だ!」
 振り下ろされた刃と、鞘から引き抜かれた剣とがぶつかり、火花が散る。闇の中に一瞬、刃をぶつけあう男と少年の姿が浮かんで消えた。
「ここが誰の部屋か、知っての狼藉か?!――動くな、動けばこの男を殺すぞ!」
 扉側の敵をけん制しつつ、切っ先を跳ね上げ、相手の剣を床に叩き落す。体を入れ替え、切りかかってきた男の体を壁側へ追い詰め、目の周囲以外布で覆われた男の顔から、覆面を取り外そうとした時だった。
「――宰相閣下!」
 部屋の外で灯りが灯り、人の声と足音とが入り乱れた。ほんの一瞬、ルーカスの注意が逸れるや否や、追い詰められていた男が反撃に転じた。叩き落された剣の柄でみぞおちを殴られ、目の前に火花が散る。
「ま、待て……!」
 寝室の窓が開かれる。追いすがろうとするルーカスを振り切り、2人の姿が闇に消えた瞬間、扉がけたたましく開かれ、何人かの衛兵が室内へとなだれ込んでくる。
「すぐにご仕度下さい。大事でございます!」
「……どうした?何があった?」
「――陛下が!陛下の寝所に狼藉者が!」



 王の居室は、宮殿内の主殿にある。
 主殿へ向かう回廊は複雑に入り組み、それ自体が侵入者に対する防御の役割を果たしている。案内も請わずに中へ入り込んだルーカスは迷いなく、その先へと進んだ。彼はシリウス3世その人によって、何時でも居室に立ち入ってもよいという許可を与えられていたが、それは地位も身分もない女奴隷の子としては破格の待遇であった。
「――シリウスは無事か?!」
 国王シリウス3世の寝室は、陰惨たるありさまとなっていた。
 切り裂かれ、床に散った天蓋。割れて飛んだ破片。窓にはめ込まれた玻璃(はり)には血しぶきが飛び、この場で行われた乱闘のすさまじさを物語っている。
 既に駆けつけた兵により、押し入った賊のすべてが切り捨てられたという。しかしよりにもよって、国王の居所にまで狼藉者を侵入させたとなれば、これは国として一大事だ。
 ルーカスが王の寝所に飛び込んだ時、シリウス3世は近衛隊長グレイ・クレスタに肩を抱かれ、立ち上がったところだった。
「グレイ」
「ルーカス、大丈夫だ。シリウスに怪我はない。ただ……」
 グレイは影を帯びた灰色の瞳を、贅を尽くした室内へと向ける。床に打ち捨てられた女の亡骸。恐らく国王付の侍女であろう。既に事切れているのは明らかだった。
 哀れを感じ、ルーカス開いたままの瞳に手を被せる。部屋に踏み込んだ衛兵たちの目にさらされたまま、隠すすべを持たない身体を、夜具で覆ってやりながら、積年の友でもある近衛隊長を振り仰ぐ。
「……全員切り捨てたのは失敗だったな。捕らえて首謀者の名を吐かせるべきだった」
「すまん。俺が踏み込んだ時には遅すぎた」
「仕方ない。死体を門下にでも晒しておけ。王に手出しするものの末路を、知らせてやるんだ」
 宰相たる少年の言葉に、衛兵の何人かが走り出す。新任の近衛騎士隊長グレイ・クレスタと宰相ルーカスの友誼は厚く、年齢の若い衛兵達は概ね、ルーカスの宰相就任に好意的だ。
「しばらくこの部屋は使い物にならないだろうな。すぐに別の部屋を用意させる」
「――戦闘者のギルドだ」
「……シリウス?」
 これまで無言を通していた王の意外な言葉に、ルーカスは眉を寄せてシリウス3世を見た。
「戦闘者のギルドが、わたしを狙っているのだ」
「何を言って――」
「や、やつらは、報酬と引き換えに人を殺す、ならず者の集団だ。誰かがわたしの首と引き換えに、報酬を与えると言ったのだ!」
「お前、誰にそんなことを吹き込まれた?」
 ルーカスは実際に、刺客の1人と剣を交えている。戦闘者のギルドの戦士がルーカス程度の剣技に、敗れたりなどするものか。
 ――これが真実戦闘者のギルドの手によるものであれば、今頃、俺の首もお前の首も飛んでいるぞ。
 ルーカスとは異なり、シリウス3世には武芸のたしなみはない。先の革命においても、彼はいつも砦の奥深くに守られ、決して戦乱の最中に出てくることはなかった。
「落ち着け、シリウス。これからは警備を強化する。もう誰も踏み込ませたりしない」
 ルーカスの言葉に、返答はない。空気を通じて伝わる、王である人の震えと怯えを全身で感じながら、ルーカスはその場に駆けつけた下官の1人に、新たな部屋と湯殿の用意を言いつけた。



「――戦闘者のギルドを、滅ぼすだと?」
 翌朝、王の御前に集った諸官の奏上に、宰相である少年は凍りついた。昨晩は警備の確認やその他諸々の雑事に追いまわされ、結局、一睡もしていない。一瞬、自らの耳を疑いかけ、次いで述べられた言の葉に、口を閉ざして集った人々を見る。
「この前のことでおわかりになられたでしょう。王のご即位をよく思わない者どもは多い。そのような逆臣と結びつく危険性のある者を、どうして放置しておけましょうか」
「戦闘者のギルドは決して、王を狙ったりはしない!」
 先の国王軍との戦闘において、実際に戦闘に立って戦ったのは、戦闘者のギルドの人間たちである。確かに彼らは暗殺や戦闘を生業とするが――それでも一度助けた者たちを狙うことは決してない。彼らには彼らなりの誇りと、矜持(きょうじ)というものがある。
「話によるとギルドの人間は、陛下の即位後、王宮に入ることを拒んだとか。これは既に逆臣と呼ばれても仕方ない振る舞いなのではありませんかな」
 初老の臣が、滔々と述べる。――記憶に誤りなければ、彼はかつて、シリウス2世が率いた国王軍の将軍位にあったはずだ。
「我々は、陛下の御身を案じておるのです。陛下の身にもしものことがあれば、それは国の大事。どうか、拙めに兵を率いて彼奴(きゃつ)らを討伐に向かうよう、命じてくださいませ」
 周囲の官が口々に肯く。ルーカスはその声を聞きながら、唐突に、ひとつの回答が浮かび上がってくることを感じていた。
 ――すべては王の御為に?
 ……違う。
 彼らは恐ろしいのだ。戦闘者のギルドと呼ばれる戦闘集団。その集団が王と宰相の背後にあることが。
 先王が治世に興味を失って以来、官は政務を私物化することに慣れている。彼らは確固たる権を――意思と能力を備えた王があることを、望んではいない。
 ――愕然とした。
 シリウス2世は愚王だった。その治世に発布された悪法は撤廃し、あまりに悪辣な官は罷免した。それで国が立ち行くと思っていた。シリウス2世のありようはあまりに酷かった。よって彼を除けば、それで誰もが望むべき世が訪れるのだと。
 こんな類(たぐい)の問題は、想像さえしていなかったのだ。
「それは、諸官一致の奏上なのか」
 それまで一言も発さなかった王が口を開く。我が意を得たりばかりに、人々は王を見た。
「……考慮しておく」
 シリウス3世が席を立つのを待っていたかのように、会議の終了が告げる鐘が鳴った。集ったグリジア王国の官もまた、四方へ散ってゆく。
 ただ1人、その場に取り残されたルーカスだけが、絶望的な心持で、人々の背中を見送っていた。






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