×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。


ラスト・イニング最終章 試合終了



 ボールがミットに収まると同時に、グラウンド・ベンチにいたすべての選手が雄叫びを上げて走りだした。
 選手が誰もいなくなったベンチの最前列で、宇田川は、両手の拳を高々と空へ突き上げた。高校野球の監督となって十七年、こんな風に感情をあらわにしたことはない。現役時代の高校三年夏、奇しくも改築前の同じ県営野球場で甲子園出場を決めた時以来、久しぶりのガッツポーズだった。
 最後のアウトを見届けて、元常陽学園野球部監督の城内昭三は、小さく呟いた。選手でも監督でもない、ただの観客にできることは、試合を戦い抜いたプレイヤーに賛辞を贈ることだけだ。だから一馬も監督に倣い、同じ言葉を口にした。
「ナイスゲーム」
 客席から半ば腰を浮かし、美紗子はそのままの体勢で固まっていた。すぐ目の前で、制服姿の女子生徒が笑顔で抱き合っている。右隣りの席にいた大崎夫人が泣きながら笑っている。
「やった、やったわ、塚原さん。あの子たちはやったのよ!」
 ホームベースからやや一塁ベンチ側のファールグラウンドで、健也は思わず、ミットの中のボールをまじまじと見つめてしまった。何故だかもっと、重たいような気がしていたのだ。それがあまりに軽くて呆気なくて、いまいち、現実味がない。ベンチから駆け寄ってきた笑顔の仲間に抱き着かれ、よやく実感が沸いた。
 捕った。捕ったぞ。勝ったんだ。俺達は。
 そして、マウンドを駆け下りた場所で、直立不動している背番号一番を見る。
 延長十回を投げぬいたエースは、泣いていた。
 もしかしたら、自分が泣いていることにも気づいていないのかもしれない。涙が赤く日に焼けた頬を伝って、スパイクを履いた足の甲にぱたぱたと散っている。
「おい、何泣いてるんだよ、塚原。俺達は勝ったんだぞ。バカだな、泣く奴があるかよ」
 レフトの守備位置から走って来た梵が、塚原の肩を抱いて頭をくしゃくしゃにしている。川原田も田中も、沖原も大崎も翔太も巧もみんな笑顔だ。塚原の涙を見て感極まったのか、背番号十番の三沢まで、なぜか目に涙を浮かべている。
 そうだ、俺達は勝ったんだ。過去のことなんか関係ない。甲子園でも、お前がうちのエースだからな。
 健也の心の言葉が聞こえたわけでもないだろうが、顔を上げた塚原がようやく頬を緩ませた。泣いた所為で目が真っ赤だが、それでも、笑顔だ。
「さあ、行こう。整列だ」
 さえぎるものなど何もない夏の陽射しの下で、おう、と威勢のよい声が鳴り響く。声で、グラブで、拳で、互いに互いの健闘を称え合いながら、ホームベースを目指して、駆け出した。

 茨城城東が甲子園初出場。夏の高校野球県大会決勝。
 茨城城東高校が土浦南高校を三対二で下し、春夏通じて初の甲子園出場を決めた。
 一対一の同点で迎えた九回表、茨城城東は三番塚原の適時打で一点を勝ち越し。九回裏に、土浦南八番川岸の本塁打で一度は同点とされるも、延長十回表、一死一塁から七番長谷川翔太の左越え適時打で再び一点を勝ち越し、このリードをエースの塚原が守り抜いた。
 茨城城東のエース塚原は延長十回を二失点完投。土浦南は三十四年ぶりの甲子園出場ならず。四回表に四番垣内の適時打で先制し、九回の裏にも一度は同点に追いつく粘りを見せたが、後一歩及ばなかった。




扉へ/とっぷ