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ラスト・イニング第五章 ピッチャー




 「ぎっちょの血など、宮越の家には流れとらん。箸もまともに使えんのやったら、お前に食わせる飯なんぞないわ!」
 記憶に中にある一番古い光景。それは鬼のような形相で自分を怒鳴る祖母の真っ赤な顔だった。
 幼稚園入園前の三歳か四歳ごろから、食事の席で、勇人は左手をダイニングテーブルの椅子に括り付けられていた。右手ではうまく箸やフォークが使えず、食べ物をテーブルに落とすと烈火のごとく怒られる。一度、空腹に負けて犬のように皿に口をつけた時には、血を流して気を失うほど殴られて、タクシーで病院に行った。
 その記憶よりももっとさらに昔、最初にマグカップを握ったのも、スプーンを手に取ったのも、左手だったという。母親が「これは右のお手てでつかむのよ」と手を取り換えても負けずに左手を出す真性の左利きだったらしい。
 父親は地元の会社で営業の仕事をしていて、帰宅はいつも勇人が眠った後だった。午後の九時を過ぎて祖母が眠りについたのを見計らって、冷めて固くなった夕飯を泣きながら食べた。子供頃の父を骨折するほど殴っていたという祖母の怒りを恐れた母は祖母が起きている間は決して左手を解いてはくれず、縛られて冷たくなった息子の左手をさすりながら、いつも言い聞かせていた。
「おばあちゃんは、勇人の将来を思ってこうしているのよ。頑張って右手を使えるようになろう、ね、勇人」
 そんな祖母や母親に感化されたわけではないけれど、小学一年の頃には、箸も鉛筆も右手でそれなりに使えるようになった。それでも、左手の方が平仮名の止めも跳ねも完璧で、魚の骨だって上手く除けられるのに、どうして右手を使わなければならないのかと思っていた自分は、祖母の言うように、性根のねじまがった可愛げのない子供だったのだろう。
 
 部室へと続くグラウンド脇の小道が、銀杏の葉で黄金色に染まっている。学校には常勤の用務員がいて、この季節には毎日校内を竹ぼうきで掃き清めているけれど、さすがに学校裏からグラウンドに続く道までは手が回らないらしい。早くも傾き始めた秋の太陽に照らされて、あたかも黄金色の絨毯が敷き詰められているかのように見える。
 高校二年の秋の大会で、茨城城東高校は関東大会の三回戦で敗れた。
 常陽学園、御堂実業の二強を倒さなければならない夏の大会と異なり、春の選抜は関東大会の上位に食い込めば選ばれる可能性がある。おまけに、二十一世紀枠と呼ばれる枠があって、これまで甲子園出場経験のない高校が選出される可能性が高い。七月の新チーム結成以来、チームの状態が非常に良く、新人戦、秋季大会を好調に勝ち上がって来た茨城城東野球部にとって、春の選抜出場は、決して手の届かない目標ではなかった。
 目標が目標でなくなった要因はただ一つ、エースの塚原勇人が、滞在中の宿舎で発熱と腹痛で病院に運ばれ、急性盲腸炎と診断された為だ。
 代わって先発した一年生の三沢は四回まで最少失点でしのいでいたものの五回に掴まり、以降はいたずらに失点を繰り返して一方的な試合になった。いくらなんでもこの結果では、選抜に選んでくれなどとは口が裂けても言えはしない。
 黄金色の絨毯を踏みしめた先に、遠目には物置小屋か車庫とも見える室内練習場とブルペンがある。勇人が入口近辺に差し掛かった時、マウンドから投球練習をしていた練習着姿の二人の選手が振り返って、こちらを向いた。
「あ、塚原さん!」
 右の横手投げは今年の春に入部した一年生の三沢淳史で、左投げは、本来は左翼のレギュラーである梵隆一郎だ。勇人と同じ左投げの梵は中学で投手経験があり、監督の宇田川から控え投手に任命されたものの、どういうわけかマウンドを毛嫌いしている。投手としてはコーナーを突く制球力が武器だが球威が物足りず、練習試合や紅白戦でも、少しでも甘くなると滅多打ちに合う。そんな経験を繰り返すたびに梵にとって、マウンドはできることなら避けたい場所と認識されてしまったらしい。
 勇人のこれまでの経験上、大抵の選手は監督からマウンドを指示されると目に喜色を浮かべる。指導者から投手に指名されながらマウンドに立ちたがらない野球選手など、天然記念物より希少価値と言っていい。
「お、エース様のお出ましだ。俺は帰るわ。じゃあな、健也!」
 今日もまだ、勇人の姿を認めるなりいそいそとブルペンのマウンドを駆け下りて、正捕手の柳健也にユニフォームの首根っこを掴まれている。柳は新チームの四番キャッチャー、キャプテンであり、チーム一のスラッガーである。勇人自身も三番打者として、秋の大会でそれなりの結果を残したが、それもすべては後ろに柳がいる為だ。強打者の四番に回したくないと思えば、相手チームは多少の危険を冒しても三番と勝負してくる。おかげでタイムリーになった経験も数多くある。
「じゃあな、って、おいこらちょっと待て、隆一郎。お前、監督から、投球練習するように言われてるんだろうが!」
 柳と梵は同じ中学軟式野球チームのチームメイトで、プライベートでも仲が良い。梵のユニフォームの首を掴んだまま、柳は学校指定ジャージ姿の勇人に視線を向けた。
「練習再開か。塚原」
「うん。しばらくは別メニューだけどね。ごめん、迷惑かけて」
 二週間の入院と一週間の自宅療養を経て、ようやく、医者から練習再開の許可が下りた。大会途中での病気離脱は悔やんでも悔やみきれないが、肩や肘の故障でなかっただけ、まだましだと思うべきだろう。幸い、これから先の冬期間は体力増強がメインのトレーニング期間が続く。休んで衰えた体力を取り戻す時間は、まだたっぷりとある。
「まあ、ピッチャーをお前に頼りすぎなのもよくないって、わかったからな。せめて、こいつも七回までは持つようにしないと」
 こいつ、と言って指さされた先で、チームで一番体格のいい一年生投手がこくりと頷いている。三回戦の対戦相手はそのまま関東大会で優勝し、来春の選抜出場をほぼ手中に収めた。仮に勇人が投げていたとしても、三点くらいは取られただろう。それだけの相手を四回までは一失点で抑えていたのだ。決して悪い投手ではないし、まだまだ伸びしろだってある。
「そうだよな。三沢が七回投げてくれれば、残り三回を他の連中でしのぐって手もあるからな」
 未だ柳に首根っこを掴まれたままの梵が腕組みをして、したり顔で頷く。早くも少年から青年に代わりつつある柳の顔が、苦いものでも噛み砕いたように歪んだ。
「……隆一郎、頼むからバカ丸出しのこと言うな。俺が恥ずかしい。野球は九回までだぞ、三沢が七回投げたら残りは二回しかないだろうが」
「あ、そっか。そうだよな!」
 小学生並みのやり取りをしている正捕手と左翼手の後方で、控え捕手の山城省吾が吹き出した。山城も今年の春に入部した一年生で、試合で組んだことはないけれど、ブルペンでは、勇人の投げたボールを取ってくれる後輩だ。昨年の春に名門御堂実業の監督であった宇田川を迎え、その年の夏季大会からコンスタントに県ベスト一六まで勝ち進んでいる。進学校の生徒の手慰みの野球ではない。チームには純粋に野球が好きで甲子園を目指す選手たちが集まっている。
 勇人だってそうだ。野球が好きだ。マウンドからボールを投げることも、バッターボックスでバットを振ることも、練習後のグラウンド整備もボール磨きも何もかもが好きだ。野球がなかったなら、今頃、自分がどう生きていたかわからない。
 この仲間達とできるだけ長く野球を続けたい。そしてかなうことならば、甲子園に。心の底からそう思っていた。





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