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ラスト・イニング第三章 記者



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 編集長からの取材命令を受けた後、茨城日報のデータベースで、茨城城東高校野球部のデータを呼び出してみた。
 塚原 勇人(三年) 投手 左投左打 身長百七十三センチ 体重六十三キロ
 一年生の秋からベンチ入りしているが、この頃は打撃を買われていたようで、投手としての登板は二年春の県大会からだった。春の大会では制球難で自滅する傾向があったが、夏にはその欠点も改善され、秋からはエースとして投げている。昨秋に関東大会に出場したので、茨城日報のスポーツ欄で、茨城城東の好投手として紹介したこともあった。
 今からちょうど十年前、一馬は名門常陽学園高校のショートストップのレギュラーだった。総勢百八十九名の野球部員の中で、一桁代の背番号をもらった時にはただ嬉しかった。その時には、まさか常陽学園の背番号六番が、人から後ろ指を指される存在になろうとは、夢にも思っていなかった。
 名将引退の花道として、その年の常陽学園は県内外から全国制覇を期待されていた。実際、春の関東大会で優勝し、甲子園でも三回戦まで危なげなく勝ち進んで、準々決勝でも九回裏二死まで、五対四で勝っていた。
 九回裏、二死満塁。相手チームのバッターの打球は、ショートを守っていた一馬のグラブに収まる寸前、大きくイレギュラーバウンドしてレフト前に抜けて行った。
 今でも時々、夢に見る。捕えたと思った瞬間、大きく跳ね上がって逸れて行った白球と、甲子園に響き渡った悲鳴と歓声を再体験して、汗びっしょりになって目が覚める。
「渡来さん、渡来さん」
 久しぶりにグラウンドを響き渡る選手達のかけ声や、金属バットが硬球を捉える音を聞いて、記憶が過去に引き戻されていたらしい。カメラマンの金井修吾に声をかけられて、現実に立ち返る。金井は今年の春に専門学校を卒業して入社したばかりのまだ二十歳の若者で、童顔で色白なので、一見すると高校生くらいにしか見えない。野球部の部室の窓から見える練習中の選手達の中に混ざっても、まったく違和感はないだろう。もっとも、金井が高校を卒業してから、まだほんの二年ばかりしか経っていないわけだが。
 そんなことをつらつら考えているうちに、開け放たれた入口から大柄でいかつい顔の男が部屋の中に入って来た。もちろん、取材に来る前に監督の顔と名前くらいは調べている。茨城城東高校野球部監督の宇田川実である。
「どうも、茨城城東野球部監督の宇田川です」
「はじめまして。週刊茨城の渡来と申します」
 どれほどマスコミ関係者を選手に近づけたくないと思っても、茨城日報系列の取材を門前払いはできない。編集長の推測は確かに当たっていた。学校を通じて正式に取材を申し入れると、宇田川は取材の場に常に監督が立ち会うことを条件に受け入れて来た。とは言え、本意ではないのだろう。部室の椅子にどっかと腰を下ろし、週刊誌の記者と向かい合った男の顔は、明らかに苦々しかった。
 しかし、あんたも大変だよなぁ……。
 今日初めて会ったばかりの男に、心の底から同情してみる。一馬が現役の高校球児だった十年前、宇田川は常陽学園と並ぶ県屈指の野球名門校、御堂実業高校の監督だった。宇田川が御堂実業の監督を追われた当時、一馬は既に週刊茨城に就職していたので、当時の騒動の内容も覚えている。選手の母親と不適切な関係を結んでレギュラーを決める監督だなどという話はまったくの事実無根だったが、三年生の部員から後輩部員へのいじめ問題は、当時の週刊茨城でも大体的に取り上げた。
「渡来一馬……?」
 一馬が差し出した名刺を取り上げて、宇田川はわずかに眉をひそめた。現役時代、宇田川が率いる御堂実業と公式戦で直接戦ったことはなかったが、県内の高校野球関係者ならば、渡来一馬が、城内監督の花道を台無しにした常陽学園のショートだと気付いたとしても不思議はない。
「監督、では、練習を見せていただけますか」
 渡来と宇田川との間に走った重苦しい空気を物ともせず、カメラを手にした金井が明るい声を出す。名刺をポケットにしまって立ち上がった瞬間、宇田川が小さく息を吐き出したのを、一馬は見逃さなかった。

 最初に打撃練習を、それから次に守備練習を見た。どの選手も無駄のない動きできびきびと動き、外野と内野の連係もスムーズだ。まったくエラーがないわけではないだろうが、この内外野なら凡ミスでシングルヒットを長打にしてしまうことはないだろう。野球を離れて久しいとはいえ、リトルリーグからシニアを経て、名門常陽学園でレギュラーを張った身だ。野球に対する眼力は今でもそれなりにあると自負している。
 簡単な質問と共にメモを取る一馬の傍らで、金井がしきりにシャッターを切っている。本人は無意識なのかもしれないが、口元が微かにほころんでいる。これまで何度か共に仕事をして知っている。こいつは本当にカメラが好きなのだ。その気持ちならわからなくもない。かつては一馬もそうだった。心の底から、野球が好きでたまらないと感じていた時代があった。
 打撃練習、守備練習と来れば、次は当然投球練習となるわけだが、宇田川の足はなかなかブルペンには向かわなかった。気持ちはわかる。父親が殺人犯と報道されたエースを地元メディアとはいえ、取材の前に晒したくないと考えるのは、監督として当然の感情だ。
 グラウンドから少し離れたところに、一見すると車庫か物置と見間違いそうな室内練習場がある。室内練習場のブルペンではバッテリーが投球練習をしていた。野球選手にしては細身で色白の左投手が、問題のエースピッチャーだ。
 監督と共に現れた部外者二人を取材の人間と気づいたのだろう。マウンド上で軽く会釈をして、ノーワインドアップモーションから足が上がる。ほう……と、思わず吐息が漏れた。最速百四十四キロと聞いてはいたが、実際に見るとストレートに球速以上の威力がある。これでコントロールもそう悪くないのだから、甲子園どころか、下手をするとドラフト指名クラスの逸材かもしれない。
 この投手に、あの守備。これなら甲子園に行っても、かなりいいところまで行けるのではいのか。
 塚原勇人は一馬には目もくれず、勢いのあるボールを投げ続けている。ボールがミットに飛び込む小気味よい音が、プレハブ造りの室内練習場に反響している。
「いいピッチャーでしょう」
 監督の宇田川と目が合った。一馬が思わず嘆息したことに気づいたのかもしれない。最前より、はるかに表情が柔らかくなった。
「試合で見ないと何とも言えませんが……、確かに、常陽学園を完封するだけのことはある」
「試合で投げれば、塚原のボールはもっと早い。よかったら、今度は試合を見てやって下さい」
 額から汗を滴らせて、ピッチャーは投球練習を続けている。人殺しの子供にも、心に狂気を抱えた少年にも見えなかった。そこにいるのはかつての一馬と同じ、甲子園を目指すただ一人の高校球児だ。
「へえ、すごい速いんですね、何キロくらい出てるんですか、これ」
 カメラのフラッシュを焚きながら、金井が明るい声を上げた。

「ええ、それで黙って帰って来たの?父親の事件の話も聞かずに?」
 茨城城東高校に取材に行った夜、久しぶりに清美から連絡があった。宮部清美は大学時代の同級生で、卒業までの一時期、付き合っていたこともある。清美が東京の大手出版社に就職し、一馬が茨城に帰って週刊茨城に入ったのをきっかけに自然消滅したが、今でも友人付き合いは続いており、たまに、食事を共にすることがある。
 今日もまた、取材で茨城に来ていたという清美と、市内のファミリーレストランでハンバーグを切り分けながら、話題は自然と、今日の取材対象の話となった。
「でもその犯人の息子って、何を考えているの。父親が無関係の人を殺して自殺したのよ。被害者の遺族に対して謝罪の気持ちは持っていないのかしら」
「おいおい、相手は未成年だぜ。それに、本人が罪を犯したわけじゃない」
 編集長からは塚原勇人に食らいつけと言われたが、実際に本人に会って、何を書いていいのかわからなくなった。かなうことならあのボールをバッターボックスで感じてみたい。現役を引退して十年、まさか打ち返せるとは思っていないが、バットを短く持って当てるくらいなら今でもできるだろう。だがそれは野球選手の感想であって、記者が取材対象に抱く感情ではない。
「だって、家族じゃないの。家族がやったことの責任を感じるのは、人として当然じゃないの?」
 切り分けたハンバーグを口に運びながら、それはいつでも帰れる家のある人間の言葉だ、と心の中で呟く。
 夏の甲子園の準々決勝で敗れた後、選手や野球部の関係者一同は、一馬に辛くは当たらなかった。両チーム合わせて十五安打以上が乱れ飛び、最終回のグラウンドは荒れていた。結果的に一馬にエラーがついたが、イレギュラーはエラーではない。そもそもあんなイレギュラーバウンドはプロでも捕れないとOBのコーチに励まされた時には、涙が出るくらいにありがたかった。
 その夜は大阪の宿舎で一泊し、新幹線と列車を乗り継いて自宅に帰った後、そんな感慨は一変した。父と母が暮らす自宅は昼間からカーテンを閉め切り、道路側の部屋の窓ガラスが何枚も割られていた。あまりに電話が鳴りやまないので、父が電話線を抜いてしまったという。家の塀にはスプレーペイントで「茨城の恥」「自殺しろ」「土下座して謝れ」等々の落書きがあったから、電話の内容は容易に推察できた。
 もともと野球は高校までの予定だったので、卒業後は東京の大学に進学して野球をやめた。進学して最初の連休に自宅に帰宅し、一日目は中学時代の友人と地元のカラオケ屋で歌い、二日目に高校時代のクラスメイトと、当時まだできたばかりだったシーパラダイスに遊びに行った。
 誓ってもいいが、行った場所は地元のカラオケ屋とシーパラダイスだけだ。酒もタバコもやってなければ、集まったメンバーは男子ばかりで、女子は一人もいなかった。東京に出て、都会の十八、九歳が信じられないような遊びに手を染めていることを見たり聞いたりしたけれど、だからと言ってすぐにその色に染まるほど、九年前の北関東の十八歳はすれていない。友達とバカ話に盛り上がって、九時には家に帰って母親の作った食事を食べていた。
 だが、それでも叱責が来た。城内監督の全国制覇を台無しにした常陽学園のショートが、反省もせずに毎日遊び歩いていると、再び家の電話が鳴り始めた。
 帰省三日目の朝、九時過ぎに起きだして来た一馬に、両親はもう二度と家に帰って来るなと告げた。約束通り、大学の学費は払うし、下宿代の仕送りも行う。お前はもう小さな子供ではない。親だって自分の生活が大事なのだ。頼むからこれ以上、こちらの生活をかき乱さないでくれ。
 確かに、その時には一馬はもう、親の庇護がないと生きられない小さな子供ではかった。だからそれから、祖父母の葬式も、姉の結婚式も、実家には帰らなかった。父親は地元では大手と呼ばれる企業に勤めており、年の離れた姉は既に就職して家を出ていたから、経済的には恵まれており、仕送りの他に、盆も正月もすべてバイトを入れると手もとにはかなりの金が残った。そういえば、こないだ、大学時代に契約した定期預金の満期が来たとハガキが届いていた。
 自分が完全に実家と縁が切れている所為か、人殺しの子供だと言われても、清美のように純粋に憤慨できない。親は親、子供は子供でいいではないかと思ってしまう。
「ねえ、一馬も被害者の遺族の気持ちになって考えてみて?自分の大切な家族が殺されたのよ?犯人の子供に土下座して謝ってもらいたいと思わない?」
「うーん、どうだろうな」
 清美は学生の頃から正義感が強い性格で、特に現在の司法制度における、犯罪被害者軽視の姿勢に憤りを持っていた。大学時代の四年間、その手のサークル活動やボランティア活動に精を出し、卒業論文は、犯罪被害者の遺族に対する救援がテーマだった。
 両親と兄が東京で健在で、本人や身内が犯罪被害にあったことはないなずなのだが、今もまた、まるで目の前に憎むべき加害者がいるといわんばかりに、ハンバーグにフォークを突き立てている。
「それにね。犯罪抑止の点からみても、どうかと思う。もしもその高校が甲子園に行って、その子が活躍したら、これから犯罪をしようとしている人間に、間違ったメッセージを送ることになるわ。人が罪を犯そうとする時、最初に思い浮かべるのは家族の顔だと思う。自分の所為で大事な家族に迷惑をかけると思えは、大抵の人間は踏みとどまるじゃない。親が殺人犯でも本人に実力があれば立派に活躍できなんてことが知れたなら、犯罪者を増やすことになるんじゃないかしら」
 世の中には家族が大事ではない人間もいるし、何の罪を犯したわけでもないのに、お前がいると迷惑だから、家に帰って来るなと言われる子供だっている。大体、殺人や強盗といった大それた罪を犯すほど追いつめられた人間が、自分が犯罪者になった所為で迷惑を被る家族の顔など、思い浮かべたりするものか。逆に言うなら、そこまで追い詰められているからこそ、人は罪を犯すのだろう。
 照り焼きソースの絡んだハンバーグを咀嚼しながら、綺麗に磨かれた窓ガラスの外を見る。ファミリーレストランのネオンに呼ばれた羽虫が数羽、夜の闇と人口の明りの間で舞っていた。




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