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ラスト・イニング第三章 記者




 暑い。
 額から浮き出た汗が顎を伝って、ユニフォームの襟元に滴って行く。遮るものなど何もない太陽の下、銀傘と呼ばれる甲子園のアルプススタンドが蜃気楼のように揺らいで見える。
 夏の全国高校野球準々決勝、常陽学園高校対東海大学付属第一高校の一戦は、常陽学園一点のリードで九回の裏、東海第一高校の攻撃を迎えていた。
 ショートの定位置から、マウンド上で、セットポジションに入る背番号一番の姿が見える。安打と四球で塁はすべて埋まり、九回まで一人で投げてきたピッチャーは肩で息をしている。
 大丈夫だ。打たせろ。来い来い。
 内野のかけ声がグラウンドを木霊する。鋭い金属音が響いて、打球が三遊間に飛んで来る。打ち取った当たりだった。意思よりもほとんど本能で、打球に備えて体が動く。
 これまで何千回と、いや、何万回と繰り返してきた行為だ。腰を落として、グラブを構え、捕球したボールを右手に持ち替えて一塁に送球する。
 赤い縫い目の硬球が、黒い地面でバウンドする。さあ来い、アウトだ。ゲームセットだ。しかしその次の瞬間、グラブに収まるはずだったボールが、大きく跳ねた。

「お前、確か高校時代、野球部だったよな、渡来」
 週刊茨城編集長の向井にそう問われたのは、茨城ラーメン紀行の最後の取材を終え、会社に戻った直後のことだった。
 週刊茨城は茨城県の地方新聞である茨城日報の百パーセント出資子会社である。
 その名の通り、茨城県内でのみ発売されている週刊誌で、県内の事件や事故も、グルメ情報も受験情報もすべてを取り扱っている。よくもまあ、こんなローカルな雑誌が潰れずに生き残っているものだと入社してすぐに思ったし、入社して六年経った今でも密かにそう思っているのだが、親会社の意向か、はたまた堅実に県内の情報を追うスタイルが県民に受け入られている為なのか、今のところ廃刊の気配はない。昨年、県北の街で児童虐待死が起こった時には誌を上げて児童虐待防止キャンペーンを行って、県知事に表彰された。
 渡来一馬が現在受け持っているのは、茨城ラーメン紀行という県内のラーメン屋を追う企画である。それほどラーメン店が多いわけではない茨城で、三十九年頑固一徹に同じ味を守り抜いてきたラーメン親父もいれば、リストラされて帰ってきた故郷で、心機一転ラーメン店を開業した元サラリーマンもいた。彼らは自分の店が週刊茨城で取り上げられると知ると、一様に喜んで自慢のラーメンを振舞ってくれたから、個人的にもなかなか楽しい仕事だった。
「お前のラーメン紀行、あれ、今回が最後だよな?」
「ええ、最初から連載十一回の予定でしたから」
 なかなか楽しかった茨城ラーメン紀行もめでたく最終回を迎え、今後の一馬の立場は遊軍扱いとなる。取りあえず、しばらくは東日本大震災後の防災をテーマに追っているグループを手伝ってくれ。以前そう告げたのと同じ口で、向井は一馬の出身校の名を口にした。
「確か、常陽学園だったか、結構強いところだろだったな」
「ええ、まあ」
 結構強いどころではない。常陽学園といえば県内屈指の野球名門高校である。特に一馬が卒業した年に引退した城内昭三監督は、甲子園の常勝監督に数えられるほどの名将で、県内だけではなく全国区の有名人だった。
 十年前、城内監督が引退を表明した年のチームは、常陽学園史上最強のチームと呼ばれ、全国制覇を期待されていた。エースと四番はドラフト候補で、他にも後に社会人からプロに行った選手が二人もいたから、確かに実力のある選手がそろっていたのだろう。夏の甲子園大会準々決勝敗退を最後に、名将はユニフォームを脱いだ。
「そうか、だったら、お前にはこれを追ってもらう」
 そう言ってデスクに広げられたのは、全国版の夕刊紙だった。夏の地方大会でその常陽学園を破った茨城城東高校のエースピッチャーが、松本で無差別殺人を犯した犯人の実子だと書いてある。
 このピッチャーからコメントを取れ、と事もなげに言う。
 父親が事件を起こした当時、少年は十四歳の中学生だった。血を分けた実父が自分より幼い子供に刃を向けたと知って、その時、彼は何を思っただろう。被害者の遺族に対して責任を感じてはいないのか。自分自身の中に父親と同じ種類の狂気を感じて、身がすくむことはないのだろうか。
「この記事が出て以来、茨城城東はすべての取材を拒否しているらしい。無理もないけどな。だが、学校だってうちや茨城日報の取材申し入れはそう簡単には断れないはずだ」
 編集長の向井は、親会社の茨城日報からの出向組で、以前は社会部で事件記者をしていた。記者時代に体を壊したとかで、今も食事の後には大量の薬を飲んでいる。
 一馬が就職した六年前には既に週刊茨城の編集長で、それからもずっと編集長の椅子に座り続けている。単なる体調不良で六年も出向とは考えにくいから、記者時代に、子会社に飛ばされるような何かがあったのだろう。
 もっとも、特に偏屈で扱い難いということもなければ、気さくに飲みに行って奢ってくれることもない、上司として見るなら、格段可もなく不可もない人物ではある。
「このピッチャーに食らいつくんだ、渡来。そして絶対に離れるなよ」
 言い切った編集長の目は、この時、ネタに食らいつく事件記者の目をしていた。




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